People
さまざまな国での経験を活かし、
R&Dセンターでさらなるダイバーシティを推進
ソニーのトップエンジニアが、自身のキャリアと研究開発テーマ、ソニーにおけるエンジニア像について語ります。
第5回はセキュリティ、プライバシー、ブロックチェーン技術を専門とするマグダレナ・ワソウスカです。
Corporate Distinguished Engineer
ソニーは、変化の兆しを捉え、持続的な成長のために、技術戦略の策定及び推進と人材の成長支援を行う技術者を「Corporate Distinguished Engineer」として認定しています。
プロフィール
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マグダレナ・ワソウスカ
ブロックチェーンには、世界を変える力がある
現在、ソニーグループ内で進んでいる複数のブロックチェーン関連のプロジェクトに携わるマグダレナは、この技術が情報システムの民主化・分散化の実現にあたって重要だと語る。
ブロックチェーンは、私がとても情熱を注いでいる技術です。インターネットが作られた背景の一つには“情報の民主化”があります。普及当初、人々はインターネットを、誰もが平等に情報にアクセスできる巨大な百科事典のような道具だと単純に考えていました。
しかし、近年のインターネットは、人々の想像の域をはるかに上回る次元にまで成長しています。他人との交流だけでなく、ショッピングや銀行の手続きにいたるまで、あらゆる分野でその活用が広がっています。一方、その実態は情報の民主化とはかけ離れています。人々は無意識に特定の情報だけを収集する傾向がありますが、情報を管理する側の企業は、個々の閲覧履歴や嗜好に応じて、ニーズに合致した情報に絞ってユーザーに提供しています。このような仕組みは情報収集の際に非常に便利である一方、与えられた情報が必ずしも真実とは限らないのです。その結果、デジタル空間においても社会階層が発生してしまいました。
ブロックチェーンは、まだ序章に過ぎない。
ブロックチェーンがやろうとしていることは、社会をより包括的でフェアなものにするため、個々の権利をユーザーの手に戻すという、ある種の「高尚」な考えに立ち返ることです。ブロックチェーンは、情報の所有権とその管理を再定義し、恒久的な記録によって権利を保護することで、見知らぬ当事者間でも信頼関係を構築し、取引から仲介者の存在を無くすことができます。ブロックチェーンはユーザーの個人情報保護以外にも、あらゆる面でプラスの効果をもたらします。例えば、金融サービス利用の障壁を下げるための「金融包摂(Financial Inclusion)」の促進。経済的に苦しい人が家族に送金する際、高額な手数料が発生します。一方、ブロックチェーンを活用した信頼性の高い個人間送金(P2P送金)であれば、手数料を支払うことなく、送金することが可能になります。ほかにも、デジタル資産に対する価値観を変えることもできます。現在、私たちはデジタル資産を現金と同様にはみなしていません。例えば、ゲーム内の通貨を使って追加アイテムを購入する場合、そのゲームをプレイしなくなれば価値は失われ、使い道がなくなります。しかし、ブロックチェーンを使えば、こういったデジタル資産をゲーム内外でも利用することができます。後で売却して新しい商品を購入するといったこともできるかもしれません。
私はブロックチェーンが世界を変える可能性を秘めていると確信しています。非代替性トークン(NFT)や暗号通貨の隆盛はその序章にすぎません。単なる百科事典だと考えられていたインターネットが私たちの想像の域を超えた存在に発展したように、ブロックチェーンが本領を発揮するのはまだこれからです。
教育は自分の境遇を向上させる手段だった
旅行や情報のアクセスが著しく制限されていた時代にポーランドで生まれ育つ。ポーランドでの生活を通じて独自の人生観を養い、コミュニティの大切さ、苦難から立ち直る方法や勇気を学んだ。
振り返ると、私の子ども時代は当時で言う「鉄のカーテン」の向こう側で生活していた点で興味深かったと思います。旅行もできず、テレビのチャンネルは2つしかなく、西側諸国の情報にはほとんどアクセスできませんでした。しかし、こうした制約の中で、創意工夫を凝らして乗り越えようとする精神が育まれました。
もうひとつ学んだことは教育の大切さです。ポーランドでは貧困が蔓延していたため、職の選択肢は非常に限られていました。こうした中、自分の境遇を真に向上させるには知識を身に付けるしかないと考えました。学びたい分野が多かったため一つに絞るのには苦労したものの、最終的に数学を専攻することに。もともと論理的に考えるタイプなので、数学の理論のシンプルな美しさに惹かれ、知的なパズルの解明を楽しみました。社会主義国での生活で実感したことの一つは、性別を含むあらゆる場面で人々が平等であることです。
そのため、若い女性だからといって理数系の分野に進むことにためらいはありませんでした。数学専攻について後悔したことも一度もありません。なぜなら、その道で多くの知的で魅力的な人たちと出会えたからです。
努力が実を結び、1992年にワルシャワ大学の数学科を卒業。そのころ、ポーランドは徐々に外の世界への扉を開き始めていた。
「鉄のカーテン」の崩壊を機に西側諸国からの投資が殺到する中、就労機会がぐっと広がりました。ただ、実際に職を得るためには高い英会話力が求められました。そこで私は英語を学ぶため、半年間イギリスに渡ることにしました。家族や友人から遠く離れた場所に行くのは初めての経験でしたし、今と違って当時は気軽に連絡を取り合える携帯電話もありません。また、すべてが殺風景で誰もが家に同じ家具を置いているような国から、多様性にあふれる文化のるつぼ、ロンドンに来たものですから、激しいカルチャーショックを受けました。恐ろしさとわくわくした気持ちの両方を味わった時期でしたが、この経験を通じて自分一人の力でやり通せるという自信が身に付きました。
国籍も経歴もバラバラ、色彩豊かなチーム
1996年にイギリスから帰国し、ポーランドの陸軍士官学校で働いた後、ドイツで臨時職員として勤務。その後、パートナーとともにベルギーに渡り、ブリュッセルにあるソニーのグループ会社に二人で入社。
ベルギーに来て初めてオファーをもらった企業がソニーでしたので、当時は深く考えずに入社を決めました。入社からこれまでの25年間、一つ言えることは、きっとこの仕事に導いてくれた妖精さんがいたのでしょう(笑)。とても魅力的な同僚たちとともに、エンジニアとして研究や提案に関して大きな裁量を持って働ける環境に身を置いているわけですから。入社当時、研究所には35人のメンバーがいましたが、そのうち15人ほどが日本人、他にも様々な国籍や学歴の人がいて、皆が独創的なアイデアを出し合っていました。共通言語は英語でしたが、日本人に会うのはこの時が初めてだったので、コミュニケーションに苦労することもよくありました。デザインツールを導入して間もない時期だったので、絵を描いて伝える方が楽なことも多かったです。大変でしたが、それ以上に楽しかったですね。
私たちはその頃からすでに非常に先進的なソフトウェア開発を進めていました。当時注力していたのは組み込みOSで、その中にはインターネットプロトコルを一から書いたものもありました。この技術が初めて導入された製品は、初代AIBOです。
「ダイバーシティ」はパーティーの招待状、
「 インクルージョン」はダンスのお誘い
職場でのダイバーシティの推進は永遠のテーマ。現在はR&Dセンターのダイバーシティ&インクルージョンを推進するプログラムの運営に携わる。
今日に至るまで、私は様々な国に移り住んできました。ポーランド、イギリス、ドイツ、ベルギー、そして今は日本です。こうした経験を通じ、ダイバーシティや、異文化、そしてコミュニケーションについてたくさんのことを学びました。
ダイバーシティが創造性と革新性にプラスの影響を与えるということは誰もが認めるところで、膨大な量の調査結果によって裏付けられています。そこで、多くの企業はダイバーシティ施策として多様な人材を採用することから始めるのですが、これがしばしばトラブルの元となります。なぜなら、ダイバーシティとは異なる考えを持った人たちの集まりであり、異なる知見を持つ人材を加えることで、対立が生まれるからです。成功のカギとなるのは「インクルージョン」なのです。しかし、これはもっと複雑です。
ダイバーシティは時として「パーティーの招待状」、インクルージョンは「ダンスへのお誘い」と例えられます。これは、招待客にとって新しい環境が安心できる場でなければならないということです。こうした場づくりのため、私たちはコミュニケーションの取り方や、議論の仕方、共通の目標に向けて一致団結する方法を学ぶ必要があります。私自身の経験から言えることは、ダイバーシティ&インクルージョンを学ぶ一番手っ取り早い手法が、実際に体験するということです。現在の勤務地から遠く離れた拠点や、専門外の技術を扱う研究所など、今までと違った考え方ができる環境に身を置いてもらうのも一つの手です。そうすることで、視野を広げると同時に、寛容性を育むことができます。
私が日本にいる理由の一部も実はそのためです。R&Dセンターでは現在、マネジメントにダイバーシティを導入するプログラムを実施しており、その一環として私は、2年間日本に赴任しています。日本のチームメンバーの一員として過ごす中で、私が異議を唱えることも少なくありません。しかし、異なる意見こそが議論を生み、結果的に組織におけるグローバルなマインドセットを育てるのではないでしょうか。
ソニーは幅広い事業ポートフォリオを持っており、エンジニアが未来に貢献する方法は無限大にあります。しかし、その可能性を十分に引き出すためには、社員が互いにコミュニケーションを取り、さまざまな角度から問題にアプローチすることが不可欠です。ダイバーシティとは多様な考えを持つ集団が自由に意見を出し合える環境のことです。そうした環境を実現すべく、必要な協力体制やコミュニティを構築し、夢を追求するとともに自分の信念のために突き進むソニーの仲間を増やしていきたいと思います。