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連載:Inside the Minds of Sony’s Corporate Distinguished Engineers #2:マーカス・カム

人々の生活に欠かせない製品の創造と価値提供

2021年8月27日

ソニーのトップエンジニアが、自身のキャリアと研究開発テーマ、ソニーにおけるエンジニア像について語ります。
第2回は、光学システムの開発に取り組むマーカス・カムです。

Corporate Distinguished Engineer
ソニーは、変化の兆しを捉え、持続的な成長のために、技術戦略の策定及び推進と人材の成長支援を行う技術者を「Corporate Distinguished Engineer」として認定しています。

プロフィール
  • マーカス・カム

    Sony Europe B.V.
    R&Dセンター ヨーロッパ
    シュトゥットガルト研究所1
    チーフエンジニア
    Distinguished Engineer

人々が実際に手に取って使える、形のあるものを作りたい

ドイツ有数の産業都市として知られ、さまざまな業界のリーディングカンパニーが拠点を構えるシュトゥットガルト。R&Dセンター シュトゥットガルト研究所のチーフエンジニアとして、プロジェクターやカメラ、深度計、分光計といった製品に使われる光学システムの開発に取り組む

2015年からToF(Time of Flight)カメラ用シミュレータの開発を進めてきました。ToFカメラは被写体とカメラとの距離、言うなれば、その写真の“深度”を測ることができるカメラで、自動運転車やテレビゲーム、VRで人や物の動きを認識するためのセンサーなど、さまざまな用途が期待されています。

このシミュレータは、既にソニーグループのさまざまな組織で製品開発に活用されています。将来、この技術が業界のスタンダードになることを期待しています。

またマルチスペクトルイメージングも、現在取り組んでいる研究開発領域の1つです。通常、カメラは映像を赤、緑、青の三原色に分解して認識しています。しかし、赤外線などの不可視光を計測できれば、さまざまな分野で役に立つことが考えられます。例えば、農業です。マルチスペクトルイメージングにより植生指標を測定することが可能になり、今どれだけ水や肥料がいるのか、最適な収穫のタイミングはいつなのかなど、さまざまな情報が一目で分かるようになります。

このように現在、R&Dセンターのシュトゥットガルト研究所にて光学システムの開発に取り組んでいます。

10代の頃からの一貫した情熱が今日までのキャリアに繋がる

10代の頃から、機械やエレクトロニクスが大好きで、飛行機や船舶の模型作りに夢中でした。その一方で、完全にインドア派というわけでもなく、さまざまなスポーツに打ち込みました。特にスキーが好きで、冬になるとシーズン券を購入して、毎週のように滑りに行っていました。

スキー場を訪れたマーカスと父親

15歳のときにプログラミングコースを受講し、そこで初めてBASIC言語を使ったプログラミングを学びました。このとき身につけたプログラミングスキルは、今でも日々の仕事に活かされています。

大学進学にあたって、化学と物理学、どちらを専攻するか迷いました。最終的に、実際に手で触って使える「形あるもの」を作るためにメーカーで働きたかったということと、コンピュータサイエンスやプログラミングといった領域と重なる部分も多かったことから、物理学の道に進むことを決意しました。

フライブルク大学で物理学の修士課程を修了。卒業後はドイツの会社でさまざまな仕事に携わり、キャリアを築く。

最初の仕事は、研究機関の臨時研究員として、液晶ディスプレイの研究に携わりました。液晶ディスプレイは私にとって全く新しい領域だったため、一から学び直す必要がありました。ただ、このとき光学に携わったことが、その後のキャリアを形作るきっかけとなりました。

2つ目の職場では、液晶ディスプレイ用のシミュレーションソフトの開発を担当しました。当時としては最先端の領域で、C/C++言語のプログラミングスキルを伸ばすきっかけにもなりました。しかし、作るものはあくまでプログラム。「形あるものを作りたい」––その想いから、次のステップに移る決断をしました。

3つ目の職場では、光学エンジニアとして産業用プロジェクターのシステム開発に従事しました。私が担当していた製品でソニー製の液晶マイクロディスプレイが採用されていたことから、ここからソニーとの長きにわたる関係が始まりました。

その後数年にわたって、ソニーと良好な関係を構築。2000年には品川のソニー本社で開催された技術展示会に招待され、初めて日本の地を踏んだ。

世間では「ソニーといえばエンタテインメント」というイメージが定着しています。しかし、それはあくまで一面であり、多くの優れた技術に裏打ちされているのです。私も、初めて日本を訪れてそれを実感しました。特に、半導体製品のラインナップは、圧巻の一言でした。

また当時、既にグローバルなマインドセットがソニーに浸透していたことにも驚かされました。他の日本企業とのやりとりの中ではコミュニケーションの難しさを感じることがあったため、なおさら印象に残っています。オープンな環境やホスピタリティにおいて、他の日本企業とは間違いなく一線を画していると感じました。

2000年に初めて日本を訪れたとき

初訪日から1年後、偶然にもドイツにあるソニーの研究開発拠点が、プロジェクターの光学エンジニアを募集しているのを見つけたのです。私のこれまで築いてきたスキルとも合致していたためすぐに応募し、シュトゥットガルト研究所の一員となりました。それが、今から20年ほど前のことです。

組み上げた瞬間に生まれる“魔法”

ソニーでの最初の10年間は、リアプロジェクションテレビやホームシネマ用のレーザープロジェクターを開発して過ごす。ここでの仕事で最も印象的だったのは、「試作品を組み上げる瞬間」だったと言う。

我々が取り組む製品開発では、実際の開発に移る前の理論研究に長い期間を費やします。丸々1年間をシミュレーションだけに費やすということも珍しくありません。部品の配置、設計の最適化、生産過程でのリスクなど、多くの要素の検討のために、日本にいるサプライヤーや同僚とも毎日のように意見を交わしています。

それらを終えると、次はいよいよ試作品の製作です。必要な部品を注文してから全てが揃うまでに数カ月要することもあります。しかし、全ての部品を一つに組み上げて初めてスイッチを入れ、スクリーンに映像が投射された瞬間––その一瞬で、それまでの苦労が魔法のように消え去るのです。私たちには優れたツールとノウハウがあるので、シミュレーション通りに稼働しないことは稀なのですが、それでも1年間の努力が凝縮されて目の前に映し出されるのは、何度やっても感慨深いものがあります。

2004年、シアトルで開催された世界最大のディスプレイ学会 SID(Society for Information Display)のカンファレンスにて。

それまで大型スクリーンの主流であったリアプロジェクターに代わり、フラットパネル液晶ディスプレイが台頭。自身の進む道にも変化の必要を感じ、新たな領域に挑戦することを決意。

ソニーについて私がひとつ言えるのは、エンジニアのクリエイティビティを全力で支えてくれる会社だということ。どんな意見にもオープンで、さまざまな提案に真摯に耳を傾けてくれます。私自身、これまで多くの新プロジェクトを提案してきました。もちろん、必ずしもすべてのプロジェクトが実現するわけではありませんが、新しいアイデアを提案した際はいつも前のめりで聞いてもらえました。

2012年に、シュトゥットガルト研究所のテレビ信号処理グループと自身が担当していた光学グループの統合を上司に提案しました。2つのグループがそれぞれ持っていた信号処理と光学の知見を組み合わせて立ち上げたのが、コンピュテーショナルイメージンググループです。

実はこの数年前から、コンピュテーショナルイメージンググループの立ち上げを構想し、実現に向けてさまざまな働きかけを行っていたこともあり、これは私のキャリアの中でも大きなターニングポイントとなりました。立ち上げ後は内視鏡などの医療用光学イメージング製品の設計や、冒頭でもお話した農業用のマルチスペクトルカメラの設計など、さまざまな新しいプロジェクトが始動しました。

コロナ禍により、現在はほとんど自宅で仕事をしている。 (自宅(左)と、研究所(右)での仕事の様子)

世間の主流でなくてもいい、得意なことをやり通すことが大切

ソニーが持続的に成長していくための技術戦略の策定と推進、人材の成長支援を行う技術者に与えられる「Corporate Distinguished Engineer」の称号。そのCorporate Distinguished Engineerの一人に新たに認定。

Corporate Distinguished Engineerに選ばれたことは大変な名誉ですが、それまでは人材の育成に特別注力してきたわけではなく、むしろ、新しいスキルやアイデアなど、私は常に学ぶ側でした。そして、自分の裾野を広げることができたのも、ソニーのオープンな環境があったからこそだと考えています。

若いエンジニアへアドバイスするとしたら、「自分の得意なことを続けてください」ということを伝えたいと思います。人と同じことをしているだけでは、新しいものは生まれません。ソニーにはチャレンジを支える土壌があります。こういった環境のもと、たとえ主流ではなかったとしても、自分が得意だと思うことを、自分なりのやり方で追求することがエンジニアにとって大切だと思います。

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