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プラズマは、昔も今も、ものづくりのキーテクノロジー
ソニーのトップエンジニアが、自身のキャリアと研究開発テーマ、ソニーにおけるエンジニア像について語ります。
第4回は、プラズマ加工技術の専門家、辰巳哲也です。
Corporate Distinguished Engineer
ソニーは、変化の兆しを捉え、持続的な成長のために、技術戦略の策定及び推進と人材の成長支援を行う技術者を「Corporate Distinguished Engineer」として認定しています。
プロフィール
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辰巳 哲也
プラズマの美しさと将来性に惹かれ、ライフワークに
東京都東久留米市出身。子どもの頃から、音楽や技術が好きだった。
技術系の道に興味を持ったきっかけは、小学生の時に親に買ってもらったトランジスタラジオでした。算数や数学、理科は好きでしたが、得意というほどもでなかったような気がします。技術や、美術、音楽などの授業の方が好きでした。
高校ではクラシックギターの部活で音楽に親しみ、テープレコーダーやレコードプレーヤーなどのオーディオ機器にもよく触れていました。流行していたBCL(Broadcasting Listening、海外短波放送)に熱中した時期もあり、ソニーのスカイセンサー®は、買えなかったものの憧れの製品でした。
1980年代前半の当時は、通信や電気が脚光を浴び始めた時代だったので、私も将来は理系に進もうと漠然と考えていました。
専攻は半導体物性。そこで、自身のライフワークとなるプラズマ技術と出会う。
プラズマとは、物質にエネルギーを与え続けることによって、気体を構成する原子や分子が電離し、自由に動き回れるようになった状態のことを指します。固体・液体・気体に次ぐ、物質の第4の状態とも呼ばれ、雷やオーロラ、蛍光灯、ネオンサインなど、私たちの身の回りにもたくさん存在しています。インテリアとして売られているプラズマボールを見たことがある人もいるのではないでしょうか。そして、このプラズマを人が制御して使用すると、半導体デバイスの加工技術をはじめ、殺菌や溶接、材料の表面処理、異物の除去などさまざまな用途での可能性が広がります。
私自身は技術の将来性とともに、プラズマの不思議さ、美しさに惹かれていたように思います。大学院時代に、自ら制作したプラズマ装置のスイッチを入れ、明るく輝くプラズマを見た時の感動は、30年以上経った今も鮮明に思い出すことができます。
当時、プラズマ技術は半導体デバイスに用いられる材料の成膜・加工技術として実用化され、様々な産業に使われ始めていました。例えば、ガスをプラズマにして分解し、シリコン基板上に輸送し、反応させることで、マスク通りに微細な回路パターンをエッチングすることができ、高性能な半導体製造が可能となります。また、当時は新エネルギーの技術研究を加速する「サンシャイン計画」が進行中で、太陽電池の材料となる半導体の加工技術の向上には大きな期待が寄せられていました。私も、大学院では「アモルファスシリコン」と呼ばれるシリコン膜を低温で成膜する手法の研究に携わりました。
大学に残るか、就職するか。その岐路で、就職、そしてソニーを選んだ理由とは。
大学院で、引き続きプラズマ加工技術を学ぶ選択肢もありましたが、大学での研究は基礎が中心で応用にまでなかなか手が届きません。「次のステージで挑戦したい」という気持ちが次第に強くなっていました。
ソニーに入社するきっかけとなったのは、就職先を検討中に、品川の研究所を見学したことでした。ビデオカメラやオーディオなどの製品を世に出していて、技術の応用の可能性が広がっていることに魅力を感じたことを覚えています。プラズマ技術を使って製造された半導体が、どの製品で、どのように使われるかまで見ることができる会社は珍しかったと思います。
しかし当時は、ソニーが半導体デバイスの外販に取り組んでいることすらあまり知られていませんでした。「自分が大学で学んだ専門知識が本当に社会の役に立つのか」という不安も少し頭をよぎりましたが、ソニーで働く大学のOBから「ソニーには活躍できる場があるよ」と背中を押してもらい、入社を決めました。先輩から聞く、自由に研究に取り組める職場の雰囲気も自分に合っていると感じました。
業界のトップエンジニアたちとの協業経験がその後の飛躍に
1989年、ソニーに入社。その後一貫してプラズマ加工技術の実用化・高度化に取り組んでいく。
入社して最初に感じたのは、「思ったほど“大企業的”ではないな」いうことでした。これはエンジニアが独立して、それぞれが自分のテーマを持って研究できる環境があるという意味です。大企業ではトップのエンジニアから指示を受け、トップダウンで仕事をするものだと想像していたので少し意外でした。
私に与えられた開発テーマは、SRAM (Static Random Access Memory、記憶素子の一種)やCCD(Charge Coupled Device、固体撮像素子の一種)などの半導体素子に使われるシリコン電極のプラズマ加工技術の確立でした。デバイスが小型化、複雑化していく中で、半導体デバイスに用いられる材料はどんどん小さく、薄くなり、形状の制御に許される“揺らぎ”も小さくなり、その製造技術の確立は年々難しくなっていきます。そこに伴う課題を一つひとつ解決していきました。
しかし、私たちが使っているプラズマの原理は基本的には不変です。入社当時の取り組みも、今のイメージセンサーやメモリーの製造に用いられるプラズマ加工技術も、素反応過程は同じであり、蓄積してきた知見や技術は日々形を変えて様々なものづくりに応用することができます。30年以上にわたって一貫して専門性を発揮できているのは、エンジニアとして幸せなことだと思っています。
エンジニアにとってのソニーの魅力は、常に最先端を追求できること。
ソニーでは、自分たちで製造方法を確立することで、継続的に新しい材料や加工技術の開発を進めています。我々自身が、次に提供したい新しいライフスタイルや体験をイメージし、そのために必要なものを作り出す中で、常に最先端の研究開発に取り組み、技術を進化させることができるのです。ソニーが強みとするイメージセンサーのプラズマ加工技術の開発も、社内で行っています。イメージセンサーの製造に用いられるプラズマ技術には、メモリー等の半導体部品に求められる「より小さく、より深く」とはまた別の次元の進化軸があり、シリコンの結晶内の結合を分断して削りつつも、ダメージや欠陥を発生させないという一見矛盾した要求があり、そこにソニーならではノウハウが生かされています。
エンジニアとしての転機は入社7年目。他社のエンジニアと共にプラズマ加工技術をさらに深く探求するプロジェクトに参画した。
技術研究組合 超先端電子技術開発機構(ASET)に、33歳からの約5年間出向しました。そこでは、国内の半導体メーカー11社から1名ずつ研究者が集まり、プラズマ加工の際に起きている現象を定量的に明らかにする研究に取り組みました。
自社のプロセス開発でそれなりに自信を深めていたものの、集まったメンバーは日本の半導体業界ではトップ中のトップのエンジニアたち。最初の半年ほどは、彼らが何を話しているのかさえ理解できず、顔が青ざめる思いでした。
振り返ってみると、私がそれまで取り組んできた研究開発は、主にエッチング装置の電力やガスの流量を変えるといったパラメータ最適化の追求です。それに対し、ASETでの研究は、そもそもガスがどのように分解されてプラズマとなり、どれくらいのエネルギーを持つ粒子がどれくらい発生するのかといった原子・分子レベルの反応を一つひとつ解き明かす内容です。プラズマ中の粒子の種類や密度、エネルギーなどを、当時最先端の機器を駆使して計測、データベースを作り、物理的に何が起きているのかを議論し尽くすという、学生時代やそれまでソニーで学んだものとは全く比較にならないレベルでの取り組みでした。「まだ自分にはこんなに知らないことがあるのか」とカルチャーショックを受けたことを覚えています。同時に、プロジェクトへの他社の参加メンバーが持つ知識や新しい技術をどんどん吸収し、自分の力に加えてゆくことができる貴重な場でもあったため、大きなやりがいも感じました。帰任後は、この時の研究成果をまとめて、ソニーで働きながらも博士号を取得することもできました。
プロジェクトが終わる頃には、リーダー的な役割も務めるようになっていた。そこで得た経験は、ソニーにおける研究でも存分に活かされていく。
ASETでのプロジェクトを通じて、半導体のデバイスの配線とトランジスタを繋ぐための微細な絶縁膜の微細孔の加工技術を徹底的に研究しました。絶縁膜の加工において使われるフルオロカーボンガスがどのような過程で解離、分解され、基板上に1秒間にどのような粒子が何個入射するか、そしてその制御のためには何が必要かを総合的に理解しモデル化できたことが、最大の成果だったと思っています。これは、国内外で用いられている最先端の設備やプロセス開発において、今なお広く使われている技術です。
こうしたものづくりを支える技術理解の進展によって新しいデバイスに用いられる新しい材料への応用の道が開かれ、ソニーへ戻った後の研究開発にも活かすことができました。例えば、先端CMOSと呼ばれるLSIの開発協業に関わった時も、ASETでの経験があったからこそ、スムーズに進めることができたのだと思います。
世の中の新しい技術の9割は社外にある
活躍のフィールドは社内に留まらず、社外においてもプラズマ加工をはじめとした技術の探求、振興に大きな役割を果たしている。
現在は、半導体の開発部門の主幹技師として、プラズマプロセス技術の開発や、デバイス開発プロジェクトのサポート、人材育成などを主に担当しています。加えて、学生時代から関わってきた実績から推薦をいただき、2021年から応用物理学会の副会長に就任し、運営にも携わっています。会員数は約2万人、半導体やプラズマをはじめ幅広い技術を取り扱う学会です。様々な研究者の方々、学生の皆さんと交流することで知識の幅が広がり、そこで培った人脈が大切な財産となっています。
また、2019年からはソニーが行っている共同研究講座の一環で、東京工業大学の特任教授としてプラズマプロセスに関する授業も行っています。理系離れや少子化が懸念される中で、優秀な学生を育成していくことに取り組むとともに、ソニーのエンジニアとしての視点から、応用物理の知識や技術が将来どのようなデバイスや社会につながっていくのか、線でつないで伝えることができればと思っています。
私は、世の中の新しい技術の9割以上は社外にあると考えています。社外に出て広い世界を知ることは、エンジニアにとって非常に重要なことだということも、自分の経験を通じて若い皆さんに伝えられればと思います。
いろんな意味で「自由」、そんなソニーのエンジニアとは
ソニーのエンジニアについて。そして、これからのエンジニアにとって大切なこと。
ソニーのエンジニアは、いろんな意味で「自由」です。常識外の発想をして、皆が「そんなもの、できるはずがない」というものを作ってしまう人が、社内に結構いる。それが一番すごいところかもしれません。自分を枠にはめないことはこれまで以上に重要になってきます。Webで検索すれば何でも調べられる時代ですが、そこから外れることを恐れるのでなく、楽しむくらいが良いのかもしれません。
近年では、さらに優秀な人が増え、レベルが上がってきていると感じます。応用力に優れ、専門性の高い開発にしっかり取り組み、2-3年で成果を上げている。もし昔の若い私が今入社していたら、とても付いていけるレベルではありません(笑)。
一方で、どこの企業もそうかもしれませんが、製造プロセスの研究開発において、手触り感のある苦労をする機会が減ってきています。洗練された最新の製造装置は、ボタンを押すだけでウェーハの処理を自動で行ってくれるため、装置の中で何が起きているかはブラックボックスのままになりがちです。そうした便利な時代だからこそ、想像力を働かせて、見えない反応メカニズムを定量的に推定してゆくことの大切さを伝えていくのも、私の役割の一つだと思っています。
それからもう一つ、「この技術が将来どのようなことに役立つか」という明確なイメージが描ける人が、ソニーでは活躍できると思います。「自分が持つ技術で世の中をこう変えていきたい」というビジョンや情熱を持っている人がソニーに来てくれたら嬉しいですし、そういう人が伸び伸びと開発に打ち込める環境を作っていきたいです。