マイクロソフト社と協業したイノベーションラボの取り組み:
気候変動問題に対応するインテリジェントビルディング
ソニーセミコンダクタソリューションズ(以下、"ソニー")のインテリジェントビジョンセンサーは世界初のAI処理機能を搭載したイメージセンサーです。センサー側における高速なAI処理(エッジAI処理)や、メタデータ(意味情報)のみを出力するなどの特長があり、今後、小売店舗や様々な環境でのスマートカメラへの導入が飛躍的に増えることが期待されています。ソニーとマイクロソフト社は、2020年5月からインテリジェントビジョンセンサーを活かしたAIスマートカメラと映像解析を用いたソリューション構築に向けた協業を進めており、その取り組みの一つとして、パートナーや顧客のソリューション開発、プロトタイプ、テスト支援等を目的に、共同でイノベーションラボも立ち上げました。
今回のソニーコーポレートブログは、このラボにおいて気候変動問題に対応するインテリジェントビルディングのソリューション開発を効率的に行ったNomad Go社の事例を紹介します。(以下のオリジナル記事はマイクロソフト社Microsoft Transformに掲載されています)
午前7時に起床したあなたは、正午に1件の用事があるのみですが、すぐに車に向かい、出発時間までエンジンをかけっぱなしにします。
数時間後に家を出て、用事を終えて午後1時に帰宅しますが、また出かけるかもしれないので、夜になるまでエンジンを切らないことにします。もしもあなたがこのような行動を取った場合、それは街中にあるオフィスビルやショッピングセンター、マンションなどの建物と同じやり方で炭素を吐き出し続けていることになります。
「現在、商業ビルの多くは一日中炭素を排出し続けており、とてつもないエネルギーの無駄使いをしています。」と、Nomad GoのCEOで共同創業者であるデイヴィット・グレシュラー氏は言います。米国ワシントン州カークランドにある同社は、生活空間をより健全にし、エネルギー効率をさらに高めて、二酸化炭素排出量を削減するコンピュータビジョン技術を開発しています。
「温室効果ガスを最も排出しているのは産業界ではないことが明らかになっています。最もガスを排出しているのは交通機関でもなく、商業ビルなどの建物なのです。」とグレシュラー氏は言います。
国連環境計画によると、ビルによる二酸化炭素(CO2)排出量は地球上における全排出量の39%を占めています。科学者たちは、数百年にわたって大気中に留まった温室効果ガスが、昨今の破壊的な気候変動を引き起こしていると言います。
なぜ商業施設が問題なのでしょうか。暖房や換気、空調(HVAC)システムは、通常、人がいるかどうかに関係なく、1日あたり12時間かそれ以上稼働し続けるよう、事前に設定されたタイマーで制御されています。入居者との約束のためだけに、空の部屋、ロビー、共有スペースを快適にするために、エネルギーを消費することもしばしばあります。
Nomad Goは、そのような無駄を抑えるための商品を生み出しました。まずコンピュータビジョンが、人々が空間にいるかどうかを確認し、いる場合は人数や滞在時間を検出します。このソリューションで検出したデータを使って、必要に応じて正確に部屋を暖めたり、冷やしたり、換気したりし、エネルギー使用量とそれに伴う温室効果ガスの排出を削減します。
Nomad Goのソリューションは、コンピュータビジョンとAIを使って、通常入ってくる日光の量や夜間における清掃員の到着頻度など、各部屋による微妙な差異をすばやく学習して反応し、エネルギー使用量をより最適化します。
Nomad Goのエンジニアは、ソニーとマイクロソフトが2020年に発表したパートナーシップの一環として立ち上げた共同イノベーションラボに招かれ、4つのラボのうちの1つを使用することになりました。そこで、ソニーのインテリジェントビジョンセンサー「IMX500」とマイクロソフトのAzure AIを使い、このソリューションを構築しました。
共同イノベーションラボは、スマートカメラ技術を開発するためのツール、専門知識などのリソースを顧客に提供しています。ソニーとマイクロソフトは、革新的なイノベーションが生まれる素晴らしい試験環境において、パートナーや顧客がソリューションを検証し、市場投入までの時間を短縮し、技術的な課題を克服することを支援します。
「マイクロソフトとソニーと一緒に取り組む中で、当社の技術をスケールアップし、市場参入への障壁を下げる点が大変有益でした」とグレシュラー氏は言います。「私たちにとっては、この取り組みを行うことに迷いはありませんでした。」
「そしてこの夏、終わりのない熱波と深刻な干ばつに見舞われ、私たちは気候変動の転換点にきたように感じます。 我々のソリューションを早急に世の中に出す必要があります」と彼は付け加えます。
コンピュータビジョンは、AIの比較的新しい分野を探求していた学術研究者の間で1960年代に生まれました。コンピュータがデジタル画像や動画からの分析を可能にすることで、人間の視覚を再現する技術を構築するというものでした。近年コンピュータビジョンの技術が洗練されるにつれて、ユーザーはAI分析を目的に、写真や動画のデータをクラウドにアップロードするようになりました。
ただ、これまでスマートカメラのソリューション構築には、大量のデータをクラウドに送信する必要がありました。これには多額の費用がかかり、ネットワークに負荷をかけることにもなります。
Nomad Goは別の方法を選択しました。データ元から近い、デバイス自体でコンピューティングを行うエッジ処理です。ここでいうデバイスとはスマートなセンサーを指します。
共同イノベーションラボでは、Nomad Goのエンジニアが、世界で初めてAI処理機能を搭載した、ソニーのインテリジェントビジョンセンサー「IMX500」を使用し、占有率を検出するためのソリューションを構築しました。
ソニーセミコンダクタソリューションズ・アメリカのテクノロジー&ビジネスイノベーション担当バイスプレジデントであるマーク・ハンソン氏は、「私たちのソリューションは、大幅に安く、小さく、目立たず、消費電力も少なくできます。」と述べています。
「私たちのソリューションは、分析のために動画を継続的にクラウドへ送信しません。チップがほとんどの分析を行うからです。また、一連の画像ではなく、推論した結果を送信するため、多くのネットワークインフラや帯域幅を必要としません」。
「さらに、インテリジェントビジョンセンサーを搭載したカメラは、メタデータ(意味情報)のみを出力できるため、プライバシーにも配慮しています。人数など、本質的に必要なデータだけを抽出できるのです。」と彼は言います。
「IMX500」は、センサーの外に画像や動画を送る必要がありません。これにより、施設などで有効なほか、小売店舗など他のユースケースででも活用できます。
Nomad Goのエンジニアは、コンピュータビジョンに役立つAIサービスとエンドツーエンド(end-to-end)プラットフォームであるAzure Custom Visionを彼らの製品に装備するためにもラボでの時間を費やしました。Custom Visionは、ソニーの一連のツールと組み合わせることで、トレーニングデータから実際のデバイスへの展開に至るまで、完璧に統合されたワークフローにより、エッジに対応したAIモデルの開発プロセスをより効率的にします。
マイクロソフトのAI&IoTラボのグローバルリーダーである山崎 隼氏は、「私たちはNomad Goのチームが、Custom Visionのトレーニング、パッケージ化、デバイスへの展開の初期段階を進めるのを支援することができました。また、ソリューションの安定性と精度が本番環境でも通用するように、主要なアーキテクチャの決定についてチームを指導しました。」と、述べています。
Nomad Goは現在、複数企業の建物内にソリューションを展開しています。ここには、高層マンションの共用エリア、オフィスタワーの会議室、企業の本社が含まれています。ソリューションの導入後、企業側からは、エネルギーコストの削減、温室効果ガス排出量の削減、大気質の改善、空調機器の摩耗とメンテナンスの削減が報告されました。
ソリューション導入企業の1つであり、米国内で建設やエネルギーサービスを行うマッキンストリー社は、メインの会議室を含むシアトルの本社内で、エネルギー使用量とCO2排出量をそれぞれ38%以上削減することができたと述べました。以前その会議室は、自動的に平日午前6時にオンになり午後5時にオフになる空調システムを使用していました。
Nomad Goのソリューションを、12階建てで460,000平方フィート(約42,700平方メートル)の建物が導入する場合、環境はどれほどクリーンになるのでしょうか。米国環境保護庁が提供するカーボンフットプリント計算機に基づくNomad Goの試算によれば、これだけでも毎年1,000トン以上のCO2排出量を削減できます。これは、230台以上の乗用車が1年間走行したときの排出量に相当します。
米国だけでも、560万の商業施設と170万の集合住宅を含む、800万近くの建物があります。
「私たちは建物に対する考え方のパラダイムを覆しました」とグレシュラー氏は言います。「建物中心から人を中心とした考え方になりました。」
ソニーとマイクロソフトは、持続可能な社会の発展に貢献することを目指していますが、Nomad Goの技術は地球環境にも貢献しうるという点から、共同イノベーションラボのプロジェクトの一つとなりました。
共同イノベーションラボは、4つあります。1つは東京のソニーのオフィスの中、米国ワシントン州レッドモンドとドイツのミュンヘンは、マイクロソフトの施設内にあります。残りの1つは、上海に位置するAIアイランドに入居しています。Nomad Goは、新型コロナウイルス感染症拡大のため、リモートではありましたが、レッドモンドのラボを使用しました。
各ラボには、マイクロソフトの技術エンジニアがおり、ソニーは、ラボの取り組みに必要な技術的リソースを提供しています。
現在までに、共同イノベーションラボには、4つのパートナー企業が入っており、さらに数社が参加する予定です。興味のある企業はオンラインで申し込むことができます。山崎氏は、「参加者にとっての主なメリットは、構築の迅速化、開発コストの削減、市場投入までの時間短縮などがあげられます。」と言います。
さらに、「これらのツールを、パートナーが持ち込むものと組み合わせることで、エッジ側での小さなAIにおけるユースケースの未来を形作ることができると信じています。私たちは、将来のラボパートナーがどのようなプロジェクトを持ち込んでくるのか、非常に楽しみにしています。」と付け加えます。
Nomad Goのソリューションの必要性は、世界的な建設予測が正確であることが証明されれば、さらに高まるでしょう。
マイクロソフトの共同創設者であるビル・ゲイツ氏は、最近出版された著書「気候災害を回避する方法」の中で、地球の人口増加により、2060年までに世界の建物の在庫が2倍になると書いています。これは、「40年間、毎月ニューヨーク市を一つ建設する」ことに相当します。
しかし、それよりもずっと前に、早ければ今年の秋にも、数百万人ものワーカーがハイブリッドな職場に戻ってくることは、既存の空調システムにとってはさらなる障害になるだろうと、グレシュラー氏は言います。
「ハイブリッドな職場の出現により、占有率への注目度がさらに高まります。誰が部屋にいるのかがわからない、これから誰かが来るのか来ないのかーーーーこういったタイプのスペースは、最適な候補になります。」と、グレシュラー氏は付け加えました。
「私たちのチームは、大きな変化をもたらすものを見出しました。」