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STEAM教育とは、新たな価値を創造するチカラを育むもの
ソニー・グローバルエデュケーションが考える
ミライに向けた教育

左から:ソニー・グローバルエデュケーション:礒津政明会長、ソニーグループ(株)広報・ブランド戦略部:菊池葉(取材者)

ソニー・グローバルエデュケーション(SGED)では、ヒトとキカイが共存する新時代の教育において、人々の「個性」や「多様性」こそが何よりも重要と考え、「教育」が目指すべき最終ゴールを「未来をつくること」だと定義しています。SGED会長・礒津が考える「ミライに向けた教育」について話を聞きました。

キーワードは多様性と創造性。
KOOVを使ったプログラミング教育で創造性を育み、
子ども達の個性を最大化する—

—「ソニー・グローバルエデュケーション」の設立背景

2012年ごろ、当時のソニー社長の平井さんの指示で、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)内に新規事業プロジェクトチームが組織されました。そこでは、今のSSAP(Sony Startup Acceleration Program)のようなビジネスプランに関するオーディションがあり、ソニーCSL所長の北野さんに教育事業を含む新しい事業について発表したところ、二つ返事で「やってみなさい」と言ってもらえました。ソニーCSLは社員の裁量が大きい組織なので、商品企画や事業企画を考え、実際にサービスのプロトタイプをつくって、ユーザーインタビューや仲間集めをするといったことを半年ほど一人で行いました。当時、教育事業者に「ソニーが教育事業をはじめる」という話をしに行ったのですが、なかなか真剣に受け止めてもらえませんでした。ソニーは何か新しいことを始めても、すぐにやめてしまう、というイメージがあったようです。会社を設立してようやく本気度が伝わったようで、現在展開しているロボット・プログラミングキット「KOOV」は、国内では幼児教室や学習塾から中高校生向けの通信教育などを含め1000教室以上で使っていただいています。

—会社設立当初から、KOOVのようなロボット・プログラミングキットのビジネスを始めたのですか?

いえ、当時はオンライン教育プラットフォームの基盤になるような、誰でも問題をつくることができる「作問プラットフォーム」を作っていました。それを使ってオンライン算数大会「世界算数(Global Math Challenge)」などの取り組みを実施しました。直接ビジネスにはつながっていないものの、実はKOOVの学習コンテンツをつくるシステムの基盤になっています。

New 6ステージ18ミッション アドバンスキットでロボットのしくみを学ぶコース ロボットのしくみをまなぼう アドバンスキットに入っているパーツを使用しながら、ロボットを複雑に動かすための方法を習得することができます。 New 6ステージ18ミッション 一歩先に行くプログラミングの方法を学べるコース プログラミングスキルをみがこう これまでに学んだ知識をいかしながら、ゲームの基本的な作り方など実践的なプログラミングの方法を習得することができます。 KOOVの学習コンテンツ

—なぜKOOVをつくることになったのでしょうか?

会社設立当初、2015年に開催したオンライン算数大会「世界算数(Global Math Challenge)」は国や地域を超え、一時は80か国以上からアクセスいただき、子どもから大人まで幅広い年代の方にご参加いただきました。しかしグローバルに開催すると、子どもの個人情報の扱いが非常に難しく、これをビジネスにするのは厳しいということがわかってきましたので、別の事業を考え始めました。当時、プログラミング教育も注目され始めていた時期で、知育ブロックをイメージして会社のロゴをデザインしたくらいなので、以前から作ってみたいと思っていたものをつくろう、という話になりました。

Sony Global Education

—KOOV開発の際に、こだわったポイントは何でしょうか?

まず、「多様性」を大事にしました。社会が多様化する中で、子ども達が小さいうちから様々な価値観を持てるようにしたいと思ったんです。多様性といっても色々ありますが、まずは男女ともに楽しめるように、ブロックを半透明にして、親しみやすいデザインにしました。実は、半透明にすると、多少強度が落ちてしまうので、非常に悩ましかったのですが、ソニーのデザイナーのこだわりもあり、教育業界以外からも高く評価されている今のデザインになっています。

KOOVについて、海外の反応はいかがでしょうか?

日本では自治体や教育委員会が学校教材を決めることが多いのですが、海外の熱意ある先生は常にアンテナを高く張っていて、いいサービスを見つけたらできるだけ取り入れようとしますし、予算もある程度持っている。教材導入までの意思決定経路が日本とは全く異なります。特に中国はすごいです。例えばKOOVを導入するとなると、普通の公立小学校が200台まとめて一括購入してくれるなど、規模が全く違います。中国での教育のデジタル化は非常に著しく、2016年時点で宿題はすべてオンラインで提出するのが当たり前という状況には、非常に驚きました。

SGEDでは教育ブロックチェーンにも取り組んでいると聞きました。ブロックチェーン技術は教育にどのように関わるのでしょうか?

2016年に個人の学習履歴をブロックチェーンで管理する、というコンセプトを世界に先駆けて発表しました。実はこれはちょっと自慢で、2016年2月に発表した後、米国の有名大学が同じような学位証明サービスのコンセプトを発表し、そこから世界中の教育機関が追随しました。ブロックチェーンを利用することで、成績証明書の真正性が確保され、受験者は安全な仕組みで成績証明書や学習履歴を所有し、公立の学校や自治体だけではなく、塾や高等教育機関など他者と共有することができるようになります。例えば第三者の学習塾が個人情報が守られた状態にあるブロックチェーン上の学習履歴データをコンサルティングに役立てたり、教育を改善するためにブロックチェーンで保持されるオープンデータを活用するというコンセプトも考えることができます。

デジタル成績証明書をブロックチェーン上で管理 成績を証明するためには原本の提出が必要 証明書の真正性を確保できるのでデータのやり取りが可能

ブロックチェーン技術に関するSGEDの活動はその後、ソニーミュージックグループ(SMEJ)の著作権管理に関する取り組みに協力する形で検討や実証実験を重ねました。著作権も学習履歴も「誰かが何かを成し遂げた記録」という点で同様に取り扱うことができるからです。SGEDとしてのこの領域の活動は今年3月で終了しましたが、SMEJとソニーグループのR&Dセンター(RDC)では現在も、音楽クリエイターによる著作関連情報の信頼性を高める仕組みをブロックチェーン技術で構築しようとしています。SGED単独では大きな事業にはなりませんでしたが、SGEDから始まったとも言えるソニーグループにおけるブロックチェーン技術の社会実装への挑戦は今もSMEJとRDCに引き継がれており、ソニーグループのインキュベーションという意味では貢献できたと思っています。

私は以前からこの分野に興味があったので、ブロックチェーン関連特許は多く出願しており、今でも各国からお問い合わせを頂いています。当時出願したブロックチェーンに関する特許技術で、ソニーグループに少しでも貢献できているといいのですが、ビジネスを始める時期としては少し早かったかもしれません。

子ども達を取り巻く教育環境は日々進化しています。STEAM教育にも注目が集まる中で、SGEDはどのようなことを目指していますか?

STEAM教育というと、理数系教育のイメージがあると思いますが、グローバルで見ると、実はアートもあり、哲学もあり、教養としての要素があります。STEAM教育は「新たな価値を生み出す人材を育てる教育」と捉えていただけるとわかりやすいかと思います。その中でもプログラミング教育は、新たな価値を自らの手でつくりだせるので、創造性が求められている今、注目されていると思います。以前であれば、子ども達は粘土やブロックを使って、自由に制作活動を楽しんでいたと思うのですが、今はプログラミングで、それが動かせる時代。KOOVを使えば、自分が作ったロボットを動かせる体験ができるのです。言うまでもなく、ソニーは創造性を非常に大切にしている会社です。私自身も幼少期にコンピュータで自分で作ったものが動いたときの感動を今でも覚えています。勉強はある程度大事ですが、それよりも子ども達が持っている好奇心やパッションが大事で、それが育つことによって、主体的に生きることができる大人になる。何か問題が起こった時、いかに自分事としてとらえられるかが重要です。我々は少しでも物事を自分事としてとらえられるような、課題を解決していくきっかけになるようなサービスとして「KOOV」を提供しています。

変化が激しい新たな時代、ミライの社会で仕事をする子ども達。
どのような関わり方をしたらいいでしょうか?

やはり、未来の社会を予想することは大事だと思います。今の子ども達が大人になる頃には、今よりもっとバーチャル空間での経済活動や行動様式が主流になり、バーチャル空間で協力しあって、ミッションを成し遂げるスキルが求められていくかもしれない。いわゆる20世紀型の教育は、決まったことを正確に行えることが重要視されてきましたが、これからは新しい価値を生み出せることが非常に重要です。今までの教育とは全く違うものが必要となってきます。

これまでの教育では、社会との接点を持ちにくい部分がありました。例えば、子ども達に「将来何になりたい?」と聞くとプロスポーツ選手やYouTuberなど自分たちが見えている世界の職業が多かったりする。大学受験の際も、自分の偏差値から志望校を選んだり、就活で初めて自分探しの旅が始まったりする。18年、22年教育を受けてきても、社会で自分がどのようになりたいかよくわからないという状況も少なくないのです。それにはやはり、小さい頃から社会がどうなっているのか、これからどうなっていくのか、と社会との接点を持ちながら考え、当事者意識を持つことが非常に重要です。SNSなどのソーシャルな空間を通じて、社会で活躍する大人といつでも交わることができるのは、非常にいい機会だと思います。

そして、これからの教育を考える上で重要なキーワードはやはり「創造性」と「多様性」です。日本社会にいると、多様な価値観を受け入れるマインドを育てるのは難しい面もあると思います。移民国家で異文化が日常にあるアメリカでは、人と違って当たり前。日本でも「あなたはありのままでいい、みんな個性があるので、自分は自分でいい」と思えるような教育が必要で、社会全体も変わっていく必要があると強く思っています。