Cutting Edge
「はがき大サイズのディスプレイ」という最適解
明るくて鮮やか。そして無機の素子ならではの安定性。そんなLEDの特性を最大限に生かすべく、微細な光源とスケーラブルなディスプレイシステムが採用された『Crystal LED Display System』は、映像のプロフェッショナルすら驚愕する未体験の映像表現を実現した。しかしその開発は、20年にわたって道なき道を歩む、実に険しい行程だったという。その中心人物である研究開発を担当した土居 正人と、商品化に貢献した安田 淳に話を訊いた。
プロフィール
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土居 正人
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安田 淳
開発中止の危機と常に背中合わせだった20年
──『Crystal LED Display System』の開発がスタートしたのは、およそ20年前だと伺いました。どのような経緯でプロジェクトが立ち上がったのでしょうか?
土居:いまは退職されている方が「小さなLEDを並べたら、究極のディスプレイにならないだろうか」という話をされて、私が参加したのがきっかけになります。1999年のことでした。
──1999年というと、LEDはどのような用途で用いられ、どのような可能性が秘められていると考えられていた頃だったのでしょうか?
土居:青色LEDが1993年に発明され、「RGB(赤・緑・青)」という光の三原色がそろったことで、さまざまな可能性が模索され始めました。当時はちょうど、信号機がLEDに置き換えられ始めた頃だと思います。一般的なサイズのLEDを用いたディスプレイということでは、球場の大型スクリーンでも使われ始めていましたね。ただ、「非常に小さなLEDを並べ、テレビサイズからもう少し大きなものをターゲットにした商品」はまったく存在しませんでした。
──安田さんは、どのタイミングで加わったのでしょうか?
安田:私は1996年に入社して以来、一貫してテレビやPC用のモニターをはじめとする表示デバイスの開発に携わっています。最初はCRT(Cathode Ray Tube=ブラウン管)の部署にいたのですが、入社当初から既に「ブラウン管に未来はないだろう」という流れがあり、その後は次期デバイス、LEDバックライトといった部署を統廃合も含めて渡り歩き、2009年に土居さんのいる部署に加わりました。
──小さなLEDを並べた究極のディスプレイをつくることは、社内では「できっこない」という声も挙がっていたとお聞きします……。
土居:何度か開発中止に追い込まれそうになりました(苦笑)。最初の数年間はまったくめどが立たなかったので、「本当にできるの?」という周囲のプレッシャーを常に感じていましたね。何が正解かわからない、正解がないかもしれないなかでやっていくのは非常につらかった。でも、とにかく続けること自体が大事だと考え、開発を続けました。
ようやく2003年に2.3インチQVGAパネルを作成し、ソニーの社内向け技術交換会であるSTEF(Sony Technology Exchange Fair)に初めてマイクロLEDの試作品を展示したところ、大きな反響がありました。当時は世界中で誰もやっておらず、「そんなものはできっこない」とよく言われていましたので、とても嬉しかったことを覚えています。
安田:私が加わってから数年後の2012年、毎年ラスベガスで開催されるCESに、55インチ・200万画素のコンスーマー向けフルHDテレビを技術展示として持っていきました。実際にラスベガスへ行って、人混みの中で説明をして手応えを感じたのですが、帰ってきたらコンスーマー向けの商品化はやめるという話しを聞くことに。青天の霹靂で、ただショックでした。
土居:ずっと極秘で研究開発をおこなっており、ようやく社外にもお披露目できたところだったので、そのときは本当に堪えましたね。
──いったい、そこからどう巻き返していったのでしょうか?
安田:メンバー同士で相当侃々諤々とやりました。そして最終的に、コンスーマー向けだった技術をベースに「小さく作って大きくしよう」という大型ディスプレイ向けのコンセプトに行き着いたんです。液晶にしてもOLED(有機発光ダイオード)にしても、大きいパネルを量産しようと思うと、ものすごい設備産業になってしまいます。工場をひとつ建てるとなると、1000億円級のお金が動くことになりますからね。そこで、デバイスをはがきサイズと定め、設備投資や歩留まりの効率を上げることにしたんです。原理実験でいろいろ検証していくなかで、小さなデバイスを組み合わせて1枚の大きなディスプレイにすることが可能だということがわかり、これでやるしかないということになったんです。
LEDだからできる「スケーラブルなディスプレイシステム」
──改めて、ディスプレイの画素にLEDを使うメリットを教えてください。
安田:LEDは、半導体に電気を流し、それを光に変える技術です。例えばOLEDと比べると、無機の素子なので非常に安定しています。特性としては、輝度も取れますし、RGBという光の三原色を使っているので、深く広い色を出すことができます。つまり、明るくて、鮮やかな色で、安定しているわけです。そうした素子を画素に使えたらいいものができるはず……というのがLEDを用いる際の基本コンセプトになると思います。
土居:加えるなら、液晶やOLEDの場合、どうしても液晶を封止する“額縁”が必要になるのですが、LEDではそれが必要ありません。非常に安定しているため、封止がシンプルで済むというのも大きなポイントです。
──そうしたLEDの中でも、『Crystal LED Display System』の特徴はどこにあるのでしょうか?
安田:非常に微細なLEDの光源を高速実装して、はがき大のセルと呼ばれるパネルにします。セルを組み合わせてひとつの独立したユニットにして出荷し、設置現場でユニットを組み立てて、お好みに合わせたサイズのディスプレイをスケーラブルに構築できます。そして、出来上がったディスプレイは額縁や目地というものがなく、あたかもひとつの大画面になっている、ということがこのディスプレイの特徴です。
我々が開発した非常に微細なLEDの光源はヒトの髪の毛の断面より小さい(約0.003mm²)ので、LED以外の部分を全部黒にできます。そうするとコントラスト比が高い──つまり明るい部屋の中であっても反射してこないので、映像が鮮やかに見えます。
安田:画素の駆動でいうと、小さな発光体で明るく見せるために発光時間を少し長くする工夫をおこなっています。駆動回路を新たに開発し、通常、4Kだと60fps(1秒間に映し出される映像数)が一般的なのに対し、最大120fpsというフレームレートを実現しました。LEDは応答特性がいいので、信号をゼロから100%までにする時間にほぼロスがありません。まったくブレのない映像を、1秒間に120枚出し続けることができるわけです。入力側の工夫も必要になりますので、世の中がすぐに追いついてくれることを待っています(笑)。
土居:さらに加えると、その120fpsをRGB10bitでできるので(8bitが一般的)、色調の再現性がとても高いんです。一般的な液晶テレビだと500カンデラのところ、ディスプレイ全面で1000カンデラを出せます。壁一面が1000カンデラで光ると、目を開けていられないくらいまぶしいのですが、一方で最低はシネマモデルで0.01カンデラ未満まで再現できます。駆動回路を工夫することによって、明るいところから暗いところまで忠実に再現できるんです。
安田:0.01カンデラというのはほぼ真っ暗な状態で、例えばSF映画の中で、非常に暗い宇宙空間を漆黒の宇宙戦艦が移動しているような場面でも、戦艦の影面にある凹凸さえ、しっかりと表現できます。実際、ハリウッドの関係者に見せたら、「こんなことができるんだ」と驚いていました。
土居:あとは、視野角がほぼ180度という点も大きな特徴です。RGBの光がそれぞれ四方八方に均一に放出されるため、どの角度から見ても映像が破綻しません。
安田:『Crystal LED Display System』は、ユニットを組み合わせて大きな画面で体験してもらうことを現時点では想定しているので、「どこから見ても同じ画を体験できる」ことは、非常に重要だと考えました。大画面にすると、立つ場所によって「端っこが見えない」「色が変わる」「暗くなる」といったことが起こります。液晶テレビでも、ある角度になると急に映像が見えなくなると思います。それに対して『Crystal LED Display System』は、真横に立っても映像が破綻しません。パブリックビューイングのように多くの人がさまざまな角度から同じ映像を見たとしても、同じ映像を体験できるというのは非常に強みになると思います。
その映像表現に、プロフェッショナルも息を呑む
──最前線のクリエイターを刺激するほどのコントラスト比、フレームレート、階調・色の再現性、視野角だったわけですね。
安田:ある展示会でデモ映像を見たクリエイターさんが、「これは、実際に撮ったカメラの欠陥が見えている」とか、「これはどういうカメラで撮って、どういう処理をして出しているんだ」と熱心に聞いてこられました。「いや、我々はディスプレイを出しているんですけど」って(笑)。そのくらい、これまでの映像との差を感じてくださったようです。
あと、CGアーティストの方がこんなことを言っていました。「クルマの光り方がヘンなところはシミュレーションの問題だけど、それを表現しているディスプレイは初めて見た」と。意図しているかどうかはさておき、作ったものを忠実に映し出すという意味においては、プロの目を持つ人ほど驚きの映像になっているようです。
──クリエイティビティやエンタテインメントに対する影響力をテクノロジーによってもたらすというのは、ソニーらしさとも言えますね。
土居:そうですね。作り手側に刺激を与えられるというのは技術者冥利に尽きます。
──今後『Crystal LED Display System』は、屋内屋外含めて、どのような使われ方をしていくと想像していますか?
安田:先程も少し触れましたが、現状、日本で受け入れられる使い方はパブリックビューイングだと思っています。最高の画質で、同じ空間を共有しながらスポーツやライブを楽しめるというのは、今後普及していくステップとして重要です。
Crystal LED Display Systemが各ご家庭に入るのは、おそらく壁にはめるくらいの値段にならないと、難しいと思います。先々、「そこに画がある」という技術は、例えばメガネ型など、いろいろありますので、どういう方向に進化していくかはこれからだと思っています。
LEDは既に、店頭の電子広告などで長年に渡り使われています。その広告が単に「伝わればいい」という目的であれば、解像度も画質も求められないかもしれませんが、それが屋内──例えばビルのエントランスに設置し「自社のコンセプトやプロフィールなどの情報を、お客様に映像でしっかりと伝えよう」となると、途端に解像度や画質求められます。中国やアメリカでは既に街中などではLEDディスプレイがあふれていますが、そうしたところに、『Crystal LED Display System』が役立っていける可能性は大いにあると思います。
──土居さんはどうですか?
土居:どれくらいの市場規模があるのかわかりませんが、アミューズメント系、例えば全方位ディスプレイやキューブ型といったカタチで使われていくとおもしろいのではと思います。非常に没入感がありますから。
──ちなみに、『Crystal LED Display System』は平面ではなく球体にすることもできるのでしょうか?
土居:いまはできていませんが、もちろん原理的には可能です。小さなLEDを使っているので、曲げには強いと考えています。
高精度な実装技術がもたらす可能性
──今回の知見が、副産物を生んでいくようなイメージはありますか?
土居:「数十ミクロンサイズのチップを高速高精度に実装する」技術は、いまだにどこもやれていません。この技術をディスプレイだけに使うのはもったいないのではないかと考えています。いろいろな複合デバイス、集積デバイスにも応用可能だと思っていまして、ぜひ広げていきたいと思います。
例えば、センサーと発光デバイスを複合したものが必要になったとき、いろいろなデバイスを混載できる技術を我々は持っています。実はLEDも、赤青緑の3色がそれぞれ別の素子になっています。それを混載実装しているわけです。我々は、いろいろな機能を持った素子を非常に小さく集積化することができる。2次元にもできるし、それを細かく切って個別に安く売ることもできるかもしれない。応用先はいろいろあると思います。
あと、LEDなりチップを小さくしていく技術を磨いていけば、いまの大きなディスプレイだけではなく、もっと小さなディスプレイ──例えば時計やウェアラブルデバイスに使うといったことも可能だと思います。
──商品化にあたって難しかった部分はありましたか?
安田:開発が進み、「商品化していきますよ」というフェーズになると、「どんな設計でやっていきますか?」「実際にものを作っていくときの完成度はどうですか?」「信頼性はどうですか?」「バラツキはどうですか?」……みたいなことを審査していくんです。この過程を我々はゲートと呼んでいます。
いい意味でも悪い意味でも我々は垂直統合で、基本的に、LEDの素子を作るところから商品化まで、すべて自社で構えています。各ゲートの作業を行っていると、その都度、必ずといっていいほど様々な課題に直面します。朝、LEDの課題を聞いた1時間後に、本体側の信号処理がどうこうという話を聞いて、帰ってきたら、今度は完成したはがき大のサイズのユニットにゴミが付着している……みたいな具合で同時多発的に課題が降ってくる(笑)。
既存の製造ラインがないので、歩留まりや品質を確認するために、各現場は実際に装置を入れて、立ち上げて、モノを流し始めて確かめることで、どういうバラツキになるかを把握しながら、生産を安定させていくわけです。実際、各現場はものすごく苦労してやってくれていました。製品の優れた性能のみならず、こういったものづくりとしての実績も認められたことで、大河内記念生産賞を受賞できたのだと考えています。
意思統一を図るにはいいことだと思いますが、プロジェクトマネージャーは全範囲をわかっていないといけません。放っておくと、技術者は自分の担当する領域を個別最適化してしまうことがあります。それだと、周りにすごく迷惑をかけているかもしれません。そこをうまく調整しながら、各領域にはリーダーがいるので、調整しながらやってもらう。それができるのも、ソニーグループ横断で、ひとつのプロジェクトとして動かしていたから、というのは大きいと思います。
──今後、お二人はどのような役割を担っていかれるのでしょうか?
安田:私は事業部にいる人間なので、やはり売れる商品を世に出していきたいと思っています。入社以来、映像デバイス、表示デバイスにかかわってきましたが、世の中から表示デバイスがなくなることはないと思うんです。カタチはどうなっているかわかりませんが。そうしたなかで、『Crystal LED Display System』ほどのインパクトが出せるかはわかりませんが、『世の中が考える“ものすごくいいもの”とは、果たしてどのようなものなのか?』と、今後も問いかけながら、商品を出していきたいという思いがあります。
土居:研究を進めて、安田さんたちにいち早く飯の種を渡してあげたいなと思いますけど(笑)、このマイクロLEDディスプレイはすごい技術が詰まっていますので、内に秘めた野望としてはこの技術をいろいろなカタチで世の中に広めていきたいと思っています。
──その道筋は見えているのでしょうか?
土居:いやぁ、これまでも見えていたわけではありませんからね。それが楽しくてR&Dにいるのかもしれません。
安田:土居さんは、無人島で道を作っているようなものですからね。今回、いろいろお話しさせていただきましたが、やはり百聞は一見に如かずで、ぜひ一度『Crystal LED Display System』を体験していただきたいと思います。いろいろな映像デバイスをやってきましたが、最初に土居さんに見せていただいたときには心底驚きましたし、ディスプレイを見て鳥肌が立ったのは後にも先にも『Crystal LED Display System』くらいです。
デモ映像を制作してくださる方が3分くらいの素晴らしいループ映像を作ってくださったのですが、2時間くらいずっと見ていましたから。自分が開発にかかわっているというひいき目はあるにせよ、こんなに驚きや衝撃があるデバイスって、素直にすごいなと思います。