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Talk 03:革新的なUXテクノロジーでスポーツエンタテインメントの新たな時代を切り開く

2024年4月22日

ホークアイの関連企業として設立されたパルスライブは、スポーツ向けデジタルソリューション分野のリーディングカンパニーです。パルスライブは16年にわたって蓄積した専門知識を強みに、次世代のファンエンゲージメントの構築を牽引しています。これまでの成果と今後の見通しについて、製品開発ディレクターであるMark Woodに聞きました。

  • Mark Wood

    Director of Product Development
    Pulselive

インタラクティブなプラットフォームから
デジタルコンテンツ管理へ

──会社の沿革を教えてください。

パルスライブは、2007年にWyndham Richardsonによって設立されました。当時まだメディア専攻の大学生だったWyndhamはホークアイのインターンとして働いていたときに、同社の創業者Paul Hawkins博士と出会いました。二人はスポーツファンが試合の放送をもっと楽しめる方法について議論を重ね、そこからパルスライブのアイデアが生まれたのです。それはファンが試合の結果を予想したり、スポーツのライブ放送に積極的に参加できるインタラクティブなプラットフォームの構想でした。

2008年、私や他のエンジニアも加わって、構想を実現すべく動きはじめました。まず実現したのが、発足まもないインドのプロクリケットリーグ、インディアン・プレミアリーグ(IPL)のライブ放送に、インタラクティブなスコアリング(試合経過記録)アプリケーションを組み込むというものです。これが受動的なスポーツ観戦を魅力的でインタラクティブな体験に変えるパルスライブの取り組みの第一歩だったといえます。私たちは、ソーシャルメディアを活用してファンとライブ放送をインタラクティブにつなげるという方法を取り入れた点において初めてのTwitter(現X)のパートナーとなりました。

2010年にはWyndhamと彼のチームのリードにより、会社の方針は少しずつ変わりつつも、最も注力していたのは、スポーツファンに新しいインタラクティブな体験を提供することでした。その後2011年に、持株会社のオーナーがホークアイとパルスライブをソニーグループに売却する決断をしました。

ソニーグループの後押しを得て、パルスライブは2011年末にIPLとWebサイトに関する契約を交わしました。それから3ヵ月をかけてIPL向けに新システムを構築したのですが、これがターニングポイントとなり、インタラクティブな体験創出からデジタルコンテンツ管理へと事業を拡大していきました。

その後パルスライブは、2014年に国際クリケット評議会(ICC)およびワールドラグビー(WR)と契約を結びました。2015年にはテクノロジーを再構築してラグビーワールドカップに向けたPulselive Experience Platformを開発し、これが現在も私たちのテクノロジー基盤となっています。また、英国プレミアリーグとの契約も獲得して、その後の目覚ましい成長につなげることができました。

──パルスライブの主要なテクノロジーを教えてください。

このExperience Platformは私たちのすべての製品を支えるテクノロジーの中枢であり、最新版は顧客自身によって運用が完結する新たなセルフサービスモデルです。その目的は私たちのビジネスを、顧客ごとにカスタマイズされたソリューションから、スポーツWebサイトの基本構造を短期間で構築するソリューションへと移行させることです。そうすることでクライアントは、データや記事、Webサイトの構成を迅速に展開でき、限られた予算を彼らのニーズに合った、よりカスタマイズされた機能に配分することができると好評をいただいています。

2つ目の特筆すべきテクノロジーはPlaybookです。これは、体験プラットフォームとシームレスに統合できるスタンドアローン製品で、試合結果予想やクイズ、ファン投票、ファンタジースポーツ、ダイナミックな映像視聴体験といった機能を持つ、インタラクティブ性の高いファンエンゲージメントに特化しています。Playbookによって、クライアントは魅力的なコンテンツをすばやく展開することができ、クリエイティビティとファンとの結び付きを強化することが可能です。

3つ目はPulselive IDと呼ばれるシングルサインオン(SSO)ソリューションです。Pulselive IDで、ユーザーがひとつのシステムにログインすれば、使用したい製品群すべてのアプリケーションで、安全なセッションを利用できます。このソリューションをサポートするために、ユーザーが自身のユーザー情報を複数のデバイスを通して登録・更新できる機能や、管理者が専用のインターフェースを通じて組織内のユーザーアカウントを管理できる機能などを用意しています。

※ファンタジースポーツ:オンラインシミュレーションスポーツゲームの一つ。ユーザーが好きな選手を集めてチームをつくり、選んだ選手の実際の成績に連動したポイントで競い合う。

パルスライブのファン中心のアプローチ
— 専門知識とテクノロジーの融合

──ファン視点のUXを構築するために、常に心がけていることは何ですか。

ファンの視点からユーザー体験(UX)を構築する際、私たちが重視するのは、ファンが何を求めているか、そして実際にどのような体験をするかを理解することです。

ファンは大きく2つのカテゴリーに分けられます。より受け身な関わりを好み、重要でライブな情報を分かりやすくかつ魅力的な方法で受け取りたいファンと、熱烈な思いを持ち、詳細な統計情報まで掘り下げてイベント全体を総合的に理解したいファンです。

前者の場合、重要な情報を簡潔かつ魅力的な方法で伝える必要があります。そのようなファンはハイレベルな最新情報を求め、過剰な詳細情報を好みません。それに対して、後者の「前のめり」と言われるほど熱烈なファンは、より没入感のある体験を求めています。そして、ありとあらゆる統計値を探し、決定や判定の根拠を理解し、試合の細部まで深掘りしたいと考えています。

そうした多様なニーズに応えるため、私たちは重要な情報とユーザー体験をシームレスに統合することで、受け身のファンに分かりやすくて魅力的な体験を提供することを目指しています。同時に、熱烈なファンに対しては、より詳細な情報を探索できるように追加のポータルや経路を提供しています。大切なのはバランスで、すべてのファンが同じことを望んでいるわけではないことを念頭に置き、柔軟性に富んだ、個々のユーザーが満足のいく体験を用意することです。

──ファンエンゲージメントを高めるために、どのような専門知識とテクノロジーが使われていますか。

専門知識については、戦略と洞察です。私たちは、ファンが何を求めているか、何に最も魅力を感じるかについての貴重な情報を提供し、これがクリエイティブデザイン、ユーザー体験、そして製品管理プロセスの基盤となります。ファンが求めている体験をイメージしながら、チームがアイデアを出し合い、それを視覚的魅力を備えたユーザーフレンドリーなデザインに落とし込んでいくのです。

次にインタラクティブなストーリーボードと体験を企画、制作し、それに基づいてテスト、反復、改善を続けます。実施段階では、クライアントに製品を届けるべく、品質保証のための細部の調整と検査を進め、さらに、さまざまなデバイス上で一貫性と最適な機能性が得られることを確認。どのような期待にも応えられる質の高いユーザー体験の提供に努めます。

テクノロジーに関しては、テクノロジーそのものに依存するというよりも、それを戦略的に応用して有効活用することに重点を置いています。特に、コードの質の高さ、検査の厳格さ、そして考え抜かれた要件を守ることが重要であるとともに、スポーツが持つ多くのエッジケースすべてをよく理解している必要があります。そのため、テストを必要とするケースも多々あります。結果として、パルスライブの社員は品質保証のエキスパートであり、担当スポーツの大ファンにもなるのです。

──ホークアイおよびビヨンドスポーツも同じソニーグループの傘下にありますが、両社とはどのようなコラボレーションがありますか。

ホークアイとは長年コラボレーションしてきており、大きな成果を出しています。注目すべきコラボレーションは、ホークアイのトラッキング情報を私たちのプラットフォームに統合し、ファンに没入感のある体験を提供していることです。

たとえば、ICCクリケット・ワールドカップのようなイベントの最中に、仮想現実(VR)体験を提供するモバイルアプリを開発しました。ファンが自分のモバイル機器を使用して打者の視点から試合を体験できる、というユニークで画期的なアプリです。誰でもクリケットをプレーすることはできますが、素晴らしいスタジアムでプレーしたり、ボールが高速で自分に向かってくる感じを実際に体験したりできる人は、ほとんどいないと思います。

ホークアイとパルスライブが協力してテクノロジーと製品を構築する機会は、ますます増えています。エンジニアリングチーム間の緊密なコラボレーションや、ホークアイによるクラウドベース・ソリューションの組み込みなどがその例です。パルスライブは設立当初からクラウド基盤のみでの開発や運用を続けており、その16年にわたるクラウド経験を共有して、ホークアイの製品の機能強化に貢献しています。

ビヨンドスポーツとの間でも、コラボレーションの機会を積極的に探っています。ビヨンドスポーツが仮想空間で再現したプレーを、ファンの手元に届ける構想です。

最初は映像の視聴体験の提供になると思いますが、最終的な目標は、完全なインタラクティブ体験をファンに提供することです。これによってファンはバーチャル体験のさまざまな側面を変更できるようになります。たとえばリアルな映像かBlockyのようなキャラクターを用いた映像かを選択したり、スタジアムに変更を加えたり、条件を調整したりすることが可能になるのです。

──将来、スポーツエンタテインメントではインタラクティブなコンテンツの役割が重要になると予想されます。テクノロジーとサービスの現状について教えてください。

今後はハイパー・パーソナライズされた体験に移行し、コンテンツをファン一人ひとりに合わせてカスタマイズできるようになると思います。パルスライブはファンの体験をより細かい、カスタマイズ可能な要素に分割するテクノロジーの開発を進めており、このトレンドの最前線にいると言えるでしょう。この手法では、コンテンツの組み換え、並べ替え、リミックスなどが可能になり、個々のファンに固有の体験を提供することができます。

※ハイパー・パーソナライズ:ユーザーの行動データをリアルタイムで収集し、ニーズに応じた体験をカスタマイズすること

このレベルでのパーソナライズを実現するうえで鍵となるのが、AI技術の活用です。私たちはAIを活用してコンテンツ制作の自動化を推進することで、コンテンツクリエイターの仕事の価値最大化に貢献できると考えています。AIによるプロセスの自動化によって、コンテンツエディターやクリエイターは制作時間に余裕ができ、スポーツの評価や深い洞察など、人間によるインプットが必要な仕事に集中できるようになるでしょう。

さらに、ソニーとのコラボレーションを通じて私たちに不足している技術を特定し補うことで、ライブイベントのキャプチャからコンテンツの配信まで、ファンにシームレスな体験を提供しています。このようなコラボレーションは、動画や、動画コンテンツの理解と解釈など、他の体験にも広がっています。また、ホークアイと私たちが連携することで、試合中に何が起きているのか、また試合の重要ポイントは何かを正しく理解することができます。私たちが目指すのは、AIとコンピュータービジョンのサポートを得ることで、人手を介さずに試合を総合的に分析して決定的瞬間にスポットライトをあてることです。

全体としての目標は、さまざまなテクノロジーを結びつけることによって、パーソナライズされた楽しみやすいコンテンツをあらゆるデバイス上で提供し、ファンがコンテンツとの関わり方を柔軟に選択できるようにすることです。

結果予想からチャレンジまで
— UXテクノロジーが生み出すダイナミックなファン体験

──ファンエンゲージメントを拡大しているUXテクノロジーとサービスの例を教えてください。

ラグビーワールドカップのフランス大会に向けて開発したいくつかのサービスを紹介したいと思います。最も注目されたのは試合結果予想アプリで、ファンがラグビーの試合の結果を予想できるダイナミックでインタラクティブなライブ配信プラットフォームです。アプリ上では、ファン同士が自分のラグビー知識を披露し合う予想合戦が繰り広げました。特に優勝国である南アフリカのファンは、早期に自国チームの優勝を予想しており、非常に満足のいく体験だったと思います。

このようなインタラクティブな体験は、ファンエンゲージメントの向上に非常に重要な役割を果たします。なかでもファンが全試合を細かく追い続けることが難しい大規模な大会では、その重要性が高まります。たとえば、知名度がそれほど高くないチームについても調べて注目するよう促すことで、より没入感のある包括的な体験を提供することができます。また、プライベートなカスタム仕様のスコアカードのような機能も組み込むことで、友人同士で挑戦合いしながら、大会をめぐる体験を盛り上げていけるようにしました。

こうした成功体験は異なる競技で再現できるので、多様なスポーツイベントでファンに一貫した魅力的なプラットフォームを提供することができます。

──過去のプロジェクトの成果について教えてください。

通常、大規模なスポーツイベントの開催中は、数百万人のユーザーを同時に扱うことを想定してシステムを設計しています。

ラグビーワールドカップではユーザーエンゲージメントが大幅に向上し、試合結果予想には25万人を大きく超える人々が参加しました。この結果予想で興味深かったのは大会前の予想で、ユーザーが大会優勝チーム、最多トライ選手、最多得点選手を予想するものでした。25万人にのぼる参加者のうち、この3つの項目すべてを正確に予想できたのはわずか3人で、それによってファンのワクワク感はさらに高まっていったようです。

このようなワクワク感の共有と友好的な予想合戦は、ラグビーに限ったものではありません。サッカーでは、私たちが英国プレミアリーグ向けに開発したモバイルアプリ、特に『Fantasy Football』がファンの強い支持を得ています。『Fantasy Football』は、プレミアリーグ所属選手でバーチャルチームを編成し、オンラインで対戦できるサッカーゲームで、年間参加者数は約1000万人に達します。私たちは、同ゲームのアプリにおいて、バックエンド処理には関わっていませんが、インタラクティブなフロントエンドの要素には大きく貢献しています。

また、私たちは新しい体験創出の点でもプレミアリーグをサポートしています。実際の試合が8月から5月まで開催されるのですが、「Fantasy Football」も同期間開催されます。ただ、一般的な傾向として、なにかしらの理由で1週間ゲームから遠ざかると、完全にゲームをやめてしまう可能性が高いことが分かっています。

そこで私たちは「Fantasy Football」のプロバイダーおよびプレミアリーグと協力し、ウィークリーチャレンジという仕組みの設計、構築に携わりました。ウィークリーチャレンジでは、ユーザーのファンタジーチームは毎週リセットされ、それに伴い、新しいチャレンジまたは修正されたスコアリングシステムが提供されます。この仕組みはゲームに新鮮でエキサイティングな一面をもたらし、ベテランユーザーも継続的にプレーするという結果をもたらしています。

UXテクノロジーにおける
AIの活用と多様なコンテンツの配信

──UXのイノベーションによって、ファンエンゲージメントの継続的な発展が期待されています。UXの観点での革新的なテクノロジーの展望と可能性について考えをお聞かせください。

今後数年間で大きな影響力を持ちそうなものが2つあります。

1つ目はAIです。生成AIの導入により、さらにパーソナライズされカスタマイズされた体験が可能になり、ユーザーインタラクションに革新的な変化を引き起こすでしょう。これには、ユーザーへの参加促進や新たな興味対象の提案、スポーツ体験のストーリーテリングに積極的に貢献するAIアシスタントの導入の可能性も含まれます。この革新的なテクノロジーは、ユーザーエンゲージメントを大きく高める可能性を秘めています。

2つ目は、コンテンツの配信先となるデバイスとフォーマットの多様化です。今日、私たちが目にしているデバイスはいずれ使われなくなるため、テクノロジーの進歩に伴い、多様なデバイスとコンテンツのフォーマットを検討し続けていくことが重要です。特に、仮想現実(VR)と拡張現実(AR)のヘッドセットは急速に進化しています。上質な体験が得られるハイエンドデバイスと、眼鏡のようなより身近なデバイスの両方で開発が進んでおり、今後、大きな変革が期待されます。

このようなテクノロジーは、スタジアム内、コンテンツをフィールド上にオーバーレイ表示する場合、家庭でスタジアムのライブ体験を再現する場合など、あらゆる環境でファンに没入感をもたらします。それが仮想空間でのプレーの再現技術および骨格トラッキングシステムと組み合わされば、ファンはあらゆる視点から完全に再現されたスポーツイベントを見ることができ、全体的なユーザー体験がさらに向上していくことになるでしょう。

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