Cutting Edge
Talk 02:スポーツ中継は3Dアニメーションで視聴する時代へ
ビヨンドスポーツはスポーツデータの分析技術を強みにスタートし、チームやコーチが選手のパフォーマンスを向上させるサポートをしてきました。そして今、同社はスポーツ中継の視聴体験を一変させようとしています。その新しい視聴体験とはどのようなものなのでしょうか。Beyond Sportsの共同創業者兼CEOのSander Schoutenと共同創業者兼CTOのNico Westerhofに話を聞きました。
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Sander Schouten
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Nico Westerhof
AIベースのビジュアライゼーション技術におけるイノベーションの10年
──ビヨンドスポーツは、AIベースのビジュアライゼーション技術を専門としていますが、創業の経緯について教えてください。
Sander:10年ほど前、あるテクノロジー企業で働いていたときに、仮想現実(VR)のヘッドセットに出会いました。そのときひらめいたのが、選手の視点をコーチに提供するというアイデアです。このアイデアを王立オランダサッカー協会に売り込んだところ、オランダ代表チームのコーチから条件としてある課題が出されました。しかも、企画提案までに与えられた期間は2週間という大変厳しいスケジュールでしたが、結果として企画策定のために極めて重要な選手の位置情報へのアクセスを認めてもらうことができました。
このときの構想の軸にあったのは、人気のスポーツゲームのように、データを使用して選手をバーチャルプレイヤーとして再現するというものでした。このアイデアが特に注目されたのが2014年のFIFAワールドカップのころです。ワールドカップ後にインタビューを受けたのですが、これが当時AFCアヤックス・アムステルダムに所属していたNicoの目に留まりました。彼も似たようなアイデアを持っていたことがきっかけとなり、2017年にビヨンドスポーツを設立しました。
当初の構想では選手の強化と監督やコーチの意見交換に重点を置いていましたが、その後、マスメディアに目を向けるようになりました。その結果、大手の放送局とのコラボレーションがはじまり、米国の子ども向けテレビチャンネル「Nickelodeon」で最初の試合が放映されました。NFLの試合中継にボクセル調のアバターであるBlockyが導入され、ファンエンゲージメントを高める新しい手法が生み出されたのです。ビヨンドスポーツは急成長して広く知られるようになり、2021年にはNickelodeonでの試合中継がエミー賞を獲得しました。
会社は大きく成長し、最初2人だったチームは55人の従業員を擁するまでになりました。私はカルチャーとビジネス領域を、Nicoは技術領域を統括しています。私たちの歩みは、イノベーションとコラボレーション、そしてスポーツ観戦のあり方を根底から問い直すという考えに基づいています。
──ソニーグループに加わった背景を教えてください。
Sander:2021年末頃、今までにない新たなスポーツの楽しみ方を確立するという夢の実現に向けてパートナーを探していました。
最終的にパートナー候補を3社に絞り込みましたが、その筆頭にあがっていたのはソニーでした。偶然にも3週間後、ある会計事務所から、ソニーが私たちに興味を持っていることを示唆する内容の電話があったのです。それがきっかけでソニーグループへの参加を決めました。
パートナーを探していた大きな理由は、私たちは、自社のビジュアライゼーション技術に適した独自のトラッキングシステムと配信メカニズムを持っていなかったからです。ホークアイを傘下に収めたソニーは、その両方を持っていたので、ぴったりだと思いました。具体的には、私たちがホークアイのデータを活用し、それをアップグレードさせることで、ソニー傘下のデジタルサービス企業であるパルスライブや、スポーツ専門チャンネルなどに提供できることなどが挙げられます。そして、私たちの次の大きな目標は、ゲームプラットフォーム上で試合をライブ配信することです。
ソニーとBeyond Sportsは同じ価値観を共有しているので、カルチャーの面でもソニーはパートナーとして最適だと思いました。その一つが、ダイバーシティとインクルージョン(多様性と受容性)を尊重する点です。
私たちの会社の成功は、技術的な成果だけでなく、これまで築いてきたユニークなカルチャーも大きな要因になっていると思います。私たちのオフィスは、会社というよりもリビングルームのような空間で特別な雰囲気になっています。また、ダイバーシティを大切にしており、17の国籍からなる50人のチームは、母語も、物の見方もさまざまですが、私たちはそれをプラスに捉えています。つまり、各人の考えを抑圧するのではなく、考え方の違いを成長の糧にしようとしているのです。
──現在のビジネスでコアとなるテクノロジーは何ですか。
Nico:コアのテクノロジーは2つの大きな柱に分かれています。
1つ目はデータ処理技術です。これはビジュアライゼーションのためのエンジンです。不完全、もしくは位置情報のみの未加工のトラッキングデータを取り込んで、没入感のあるビジュアルへと変換します。データ処理チームは、ビジュアライゼーションチームと同じくらい重要な役割を果たしています。彼らは、データの質を高めて完全な骨格データを作り出し、実物と見分けがつかないような表現を可能にします。
2つ目はビジュアライゼーション技術です。これは、テレビやオルタナティブ放送※、そしてD2C(Direct to Consumer:消費者への直接販売)のなかで人々が実際に目にする技術です。特性や世界観、そしてライティングを作り上げる3Dアーティストから、シミュレーションやアプリケーション、バーチャルカメラを構築するチームまで、すべて自社の社員で構成されています。私たちが目指すのは、人を魅了するシームレスな視聴者体験です。
※オルタナティブ放送:スポーツの試合を、メイン放送とは異なる新しい形態で伝える放送。他のチャンネルやストリーミングサービス上などで展開する。ビヨンドスポーツが手がける、アバターやバーチャルキャラクターなどを用いて3D化されたコンテンツ放送もその一つで、他にも専門的な解説付きの放送などがある。
Nico:この2つの柱は連動しています。データ処理技術により精緻化されたトラッキングデータは、ビジュアライゼーション技術により生き生きとした映像となり、ユーザーへ配信されます。これは複雑なプロセスで、データストリーミング、配信、機械学習、数学的分析、そしてビジュアライゼーションにおけるさまざまな要素が含まれます。つまり、クリエイティブな作業から自動化された作業まで、複数のチームが関与することで成立しています。
データ処理とビジュアライゼーションの2つが私たちの事業の柱であり、スポーツ技術分野の革新性と優位性を推進する動力となっています。
データ処理とビジュアライゼーションのパイオニアとして
──ビヨンドスポーツの技術の強みについて教えてください。
Nico:主な強みは2つあります。
1つ目は選手の動きの質で、これは先進的なデータ処理技術によってもたらされています。さまざまなデータソースを統合し、厳密な補正と補完プロセスを経て、業界最高峰レベルの自然な動きを実現しています。
2つ目は、ビジュアライゼーションにおける柔軟性と創造性の高さです。私たちは、選手の見た目をあらゆるものに変えることができます。たとえば、見た目は『トイストーリー』の緑色のエイリアンでありながらも、選手の動きを忠実に再現します。この適応力の高さは唯一無二のものだと言えるでしょう。
加えて言うのであれば、自動化に力を入れていることも挙げられます。製作に使用するすべてのバーチャルカメラを自動化しているので、バーチャルプロダクションでのカメラオペレーターが不要になり、制作プロセスが効率化されるのです。
私たちは、従来のような中継車や多数のカメラオペレーターを使わず、放送プロセス全体を1台のコンピューター上でシームレスに実行します。これにより大きな効率化が図られ、バーチャル放送の現場での作業が飛躍的に改善されます。
──同じくソニーのグループ会社であるホークアイは、トラッキング技術を有しています。ホークアイとはどのように協業しているのですか。
Nico:ホークアイとは、共通のビジョンを掲げながら、技術的にはデータに重点を置いて協業しています。
私たちはデータの種類を選ばず、入手したデータソースがどのようなものであっても処理します。ホークアイもそうしたデータソースのひとつです。
データ検証やデータ処理といった技術面では2社でそれぞれ行っていますが、ビジネス面においては双方に大きな協業チャンスがあると思います。たとえば、最近の『Toy Story Funday Football』では、テスト段階のホークアイのトラッキング技術と、NFLがすでに導入していたシステムの両方からのデータをシームレスに統合して放映しました。さらに、ホークアイのトラッキングシステムは米国内だけでなく、ロンドンのウェンブリースタジアムにも導入されており、そこから『Toy Story Funday Football』が放映されました。
Nico:特定の試合で、ホークアイのトラッキングシステムをロンドンのウェンブリースタジアム導入した今回の例のように、彼らとの協業が非常に有益であると感じています。これによりユニークな放送を実現することができ、私たちのデータ処理技術と彼らの光学トラッキングシステムでの相乗効果のよい例となりました。
ホークアイのSkeleTRACKは光学トラッキング技術を駆使し、スタジアム内の多数のカメラから選手の手足、ボール、審判の位置をとらえます。SkeleTRACKからの位置データと私たちのシステムとのシームレスな統合が、バーチャルシミュレーション体験全体をさらにすばらしいものにしているわけです。
若い世代への訴求
──『Toy Story Funday Football』の話が出ましたが、他にも事例はありますか。
Nico:2023年にESPNと協業した『Toy Story Funday Football』と『NHL Big City Greens Classic 』の放送は、画期的なもので大成功を収めました。それ以前では、2021年と2022年にNickelodeonで放送された2つの試合です。
──これらの企画の目的は何でしょうか。また、成果や課題についても教えてください。
Sander:近年、子どもたちが従来のテレビ放送をあまり見なくなっているため、スポーツエンタテインメント業界にとって若年層への訴求力を高めることは非常に重要です。とりわけ課題となってくるのは、14歳未満の子どもたちに興味をもってもらうことです。この年齢層を取り込むのが極めて重要なことは、いくつもの調査で明らかになっていますから。
従来の放送関係者の間では、子どもは長い時間集中することができないとされていました。でも私は、問題は集中できる時間にではなく、コンテンツをどうまとめるかにあると思っています。若い世代の人たちはアバターとバーチャルキャラクターの世界で育ってきているので、これまでとは異なるアプローチが必要です。大人になればスポーツのライブ映像に回帰するかもしれませんが、今の段階で若い世代の心をつかむには、その世代のデジタル体験と共鳴するような革新的な戦略が求められます。
Nico:『NHL Big City Greens Classic』の場合、視聴者の年齢の中央値が大幅に下がりました。私たちの狙いどおりの結果でしたね。そして、女性の視聴者数が男性を上回っていたのですが、これはスポーツ番組ではとても珍しいことです。
Nico:私たちの総合的なソリューションは、スポーツコンテンツに革命をもたらして若い世代の視聴者とつながる新たな方法になるでしょう。知的財産や権利所有者にとっては、私たちがワンストップで対応できるようになります。
ソーシャルメディアでは、圧倒的な反響がありました。お子さんのいる家庭では、従来の放送で一緒に試合を見ようとしても、子どもたちはすぐに飽きてしまうというのが共通の悩みでした。私たちが提供するこのオルタナティブ放送で、親子で一緒に試合を楽しむ方法が見つかったわけです。大人はオリジナルの試合を大画面で観戦し、子どもはオルタナティブ放送で観戦した場合も、親子で一緒にオルタナティブ放送を見て共通の観戦体験を楽しんだ場合も、親子の間に特別な絆が生まれました。
オルタナティブ放送への道
──ビヨンドスポーツの将来のビジョン、そしてバーチャルコンテンツ制作技術がスポーツやスポーツエンタテインメントに及ぼす影響について、どのように考えていますか。
Nico:私たちの長期的な目標は、従来の一方向で受動的なスポーツコンテンツへの関わり方を、インタラクティブで能動的、かつユーザーごとに最適化されたものへと変えていくことです。
私たちのオルタナティブ放送はすでに若い世代の共感を得ていますが、これは最初の一歩にすぎず、実現すべきことはまだまだあります。スポーツを観戦する一人ひとりが、自分だけの体験を自分の思うように作り、それによってスポーツとの関わりを深めていけるようにしたいと思います。
Sander:スポーツ分野における3Dアニメーションのパイオニアになりたいと思います。スポーツの試合について、自分だけの物語を生み出すことができたらどうでしょう。これによって、当社やソニー所有のプラットフォーム内でスターYouTuberが生み出されるかもしれません。魅力的な内容にスポンサーを付けるなどの方法で報酬を支払えば、スポーツコンテンツの扱われ方に革命を起こすことができます。私たちが思い描く青写真は、何百万人もの視聴者を対象とした単一の大規模放送の代わりに、もっと少数の視聴者向けのチャンネルをたくさん提供して、より個人的でインタラクティブな体験を作り出すことです。
ソニーのグループ企業になったことで、非常に大きな可能性が開けました。映画や音楽をはじめ、ソニーグループがもつ多様な知的財産へのアクセスが可能になったのです。私たちはソニーグループ内でパイプ役となり、さまざまな部門をつなぐとともに、スポーツのパワーを活用してみんなをひとつにしたいと考えています。
■ 特集一覧
- トップ:感動の「場」はどう拡張するのか——スポーツエンタテインメントの現在地
- Talk 01:トラッキングシステム「SkeleTRACK」が持つ無限の可能性 - ホークアイがもたらす「スポーツ革命」
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