Cutting Edge

ホークアイ(Hawk-Eye)

可視化のテクノロジーでスポーツの感動を支える

2021年1月20日

プロスポーツの世界では、人の視力の限界を超える速さや複雑なプレーが繰り広げられます。それらを判定する審判員を、ホークアイ(Hawk-Eye)は可視化のテクノロジーでサポートしています。可視化によって、公平性や安全性、スポーツファンのエンゲージメントを高めることがホークアイのポリシーです。

プロフィール
  • 山本 太郎

    ソニーイメージングプロダクツ&
    ソリューションズ株式会社
    コンスーマー&
    プロフェッショナル
    ビジネスセクター
    スポーツ事業室 兼
    ソニーPCL株式会社
    クリエイティブ部門
    スポーツエンタテインメント
    ビジネス部

  • マシュー・リチャーズ

    ホークアイ イノベーションズ
    テクニカル・ディレクター

  • エドワード・ホーク

    ホークアイ イノベーションズ
    プロダクト・ディレクター

審判の限界を超えたプレーを可視化する

──まずはホークアイの技術と活用されている分野について教えてください。

エドワード:ホークアイの主な技術は、ボールトラッキングと、ビデオリプレイ技術を活用したスマートテクノロジー(SMART:Synchronized Multi-Angle Replay Technology)の2つです。ボールトラッキングはテニスのイン・アウト判定(ELC:Electronic Line Calling)、サッカーのゴール判定(GLT:Goal Line Technology)などで導入されており、スマートテクノロジーのビデオリプレイはサッカーのVAR(Video Assistant Referee)やラグビーのTMO(Television Match Official)などのビデオ判定サポートシステムで採用されています。

──そもそもホークアイのサービスはどのような経緯で開発されたのでしょうか?

山本:2001年、ロケットの弾道研究を行っていたポール・ホーキンス氏によりホークアイはつくられました。クリケットの試合をより楽しんでもらうために、ボールトラッキングの技術を最初に開発したことに端を発し、テニス、サッカー、バドミントン、バレーボール、野球などさまざまな球技へと展開していきました。“スポーツをもっと楽しんでもらいたい”という思いは、現在の事業にも受け継がれています。ホークアイが世界的に注目を集めるようになったのは2006年。テニスの世界大会で、「チャレンジ」というルールが導入されたことがきっかけでした。チャレンジでは、選手が1セットにつき3回まで審判の判定に異議を申し立てることができ、チャレンジが行われると、コートの周囲に設置された複数台のカメラの映像から解析されたボールの軌道やラインとの関係を、数秒でCG(コンピューターグラフィックス)にして会場内に表示します。テニスの高速なボールの軌道も正確にとらえ解析する技術は、試合の公平性を高めることはもちろん、試合の展開を左右する重要なシーンを生み出し、スポーツ界に大きなインパクトを与えました。

マシュー:ボールトラッキングは2次元画像処理(ボールの中心を見つける)と3次元三角測量(時間の経過に伴うボールの軌道のモデリング)といった大きく2つの要素技術で構成されています。これを8~12台のカメラで、1秒あたり最大340フレームのフレームレート(静止画像数)で実行し、そのデータは判定支援、分析、放送コンテンツ強化などのリアルタイムサービスを提供する中央制御システムに送られます。

──では、スマートテクノロジーはどのような形で普及したのでしょうか?

山本:スマートテクノロジーがビデオリプレイの技術として普及するようになったきっかけは、サッカーのVARです。導入にあたって、複数のカメラで撮影した映像を同期させ、さまざまな角度からの映像を確認できるマルチビューソリューションを構築しました。

マシュー:スマートテクノロジーではビデオプラットフォームとして多数の映像ソースを同時にレンダリングして供給できるようにするため、1秒あたり最大340フレームの映像を、画像劣化を抑えてリアルタイムにエンコードできる技術と、出力デバイスが表示解像度によって最適なプロキシービデオサイズを選択できるようにマルチ解像度でエンコード可能な技術を開発しました。審判やメディカルスタッフ、放送関係者などが、同時にそれぞれが確認したい視点やシーンでビデオにアクセスすることができます。

エドワード:試合に関係するスタッフが確認したい映像はそれぞれ異なりますが、以前は同じ映像を送ることしかできず、その映像の選択はオペレーターに依存していました。スマートテクノロジーは設備やオペレーターを増やすことなくこの課題を解決しています。

大きなイノベーションを生み出したホークアイの強み

──ホークアイがスポーツ界で広く受け入れられ、発展に貢献することができた要因を教えてください。

マシュー:ホークアイはボールとプレイヤーのトラッキングサービスを20年以上にわたって提供しており、私たちの強みはその経験を進化させたイノベーションを起こし続けられるところにあります。ボールトラッキングは2001年にクリケットの放送支援ツールとして初めて使われましたが、機械学習アルゴリズムの導入により、ボールだけではなくプレイヤーの動きなども細かく解析できるようになりました。今では人だけではなく、野球のバットや車などの解析にも拡張しています。

エドワード:ホークアイでは、技術開発だけではなく導入のためのコミュニケーションも大変重要視しています。サッカーのVARも導入段階から検討に参加し、試合進行への影響を最小限に抑えつつ結果に最大限のインパクトを出せるよう、ホークアイの技術を生かした運用ルール構築のサポートをしました。ファンのエンゲージメントや楽しみを損なうことなく、より公正な結果を出すことに努めました。

山本:さまざまなスポーツシーンで、ソニーの放送技術も使われていますが、それぞれのスポーツの大会会場にホークアイのスタッフが常に赴き、サポートを行いながらフィードバックを得ることでホークアイは各競技に合わせた進化をしてきました。365日、常に現場でヒアリングをすることもホークアイの強みであり、それによって積み重ねられたノウハウがこの業界をリードできている要因の一つだと考えています。

審判補助以外の領域でもスポーツを支えていく

──現在、新しいサービスも始められているそうですね。

山本:一部のテニスの国際大会では、主審以外の線審の判定にホークアイのリアルタイムラインジャッジサービスである“Hawk-Eye Live”(ホークアイ ライブ)という新しいサービスが採用されています。これによって審判の負担を軽減し、試合の時短や効率化、チャレンジが無くなることによる選手の集中力向上が期待できます。ホークアイは審判の代わりではなく、あくまで審判をサポートするサービスですが、線審の判定を代行する仕組みは、新型コロナウイルスの感染拡大防止対策としても活用ができると考えています。テニスの試合では最大9名の線審が配置されますが、ホークアイでの判定によってコート内の人数を減らすことにより、ソーシャルディスタンスの確保につながります。実際に2020年の全米オープンでは、全13コートのうち11コートで“Hawk-Eye Live”が活用されました。

エドワード:Afterコロナにおける新しいスポーツ制作ワークフローとしてリモートリプレイサービスの提供も始めており、オペレーターが自宅からでもライブでのリモートオペレーションができるようになっています。またゴルフの試合では、公式のスタッツデータと映像をリンクさせ、映像に対してどのホールの誰のショットかを自動タギングすることで、オペレーターがリプレイしたい映像を素早く検索できるようなシステムも開発しました。このシステムにより、オペレーターは一般的な自宅のネットワーク回線からでも放送用のリプレイを送出できるなど、ワークフローに大きな変化をもたらしています。

──最後に、今後の展望を教えてください。

山本:現在、20種類を超える競技でホークアイのサービスが採用されており、球技以外でも陸上や競馬、モータースポーツなどに拡張されています。また、トラッキングの技術は戦術の分析やスカウティングでも活用され始めており、テレビや動画でさまざまな角度から試合を視聴できるマルチアングルビューイングが検討されるなど、ホークアイの可能性はさらなる広がりを見せています。スポーツは人の心を動かすコンテンツです。そして、我々の使命もテクノロジーで人の心を動かすこと。これからも、ソニーの技術力でこれまでにないスポーツの見方や楽しみ方を提供し、スポーツによって生まれる感動をサポートしていきたいです。

エドワード:イノベーションは私たちの中核となるものです。新しい技術やサービスを生み出し、顧客に提供していくことはその一部です。また、顧客から直接フィードバックを受けられることも私たちのメリットです。ソニーグループにはスポーツに活用できるクールな技術がたくさんあると思いますので、一緒にスポーツにイノベーションを起こしましょう!皆さんからの提案やご意見をお待ちしています。

◆ ◆ ◆

Hawk-Eye Innovations Ltd.について

2001年創業。2011年よりソニーのグループ会社となる。ボールのトラッキング技術を用いたテニスのイン・アウト判定(ELC)や、サッカーのゴール判定(GLT)などの「判定オペレーションサービス」を展開。また、ビデオリプレイ技術を用いた「審判判定補助サービス」をサッカーのVARやラグビーのTMOなどで提供している。現在、世界中で約20のスポーツ競技に対し、これらのサービスや放送映像にビジュアル効果を追加するサービスなどを展開。スポーツ界のイノベーションに大きく貢献している。日本でのサービス展開はソニーPCLが担当。

ホークアイ(Hawk-Eye)の導入事例

テニス

イン・アウト判定 (ELC:Electronic Line Calling)

時速200kmを超えるスピードのテニスのトッププレーヤーのサーブでも、ボールがラインを割ったか、割っていないかの判定をホークアイのトラッキング技術は正確に判定します。誤差は2mm以内と非常に高い精度を誇り、そして、このトラッキング処理からわずか数秒で再現CG を作成します。「チャレンジ」は試合の流れを左右する重要なシーンの一つですが、それがCG映像として観客や視聴者にもわかる形で可視化されることにより、公平性の高い試合進行を実現しています。さらに、CGが画面に出てくるまでの時間を活用し、スポンサーの広告を表示するなど、イベントのオーガナイザーのビジネスチャンスを広げることにも寄与しています。

サッカー

ゴール判定(GLT:Goal Line Technology)

サッカーのゴール判定は、試合の流れの中でリアルタイムに行う必要があります。最も大きな課題の一つに、キーパーとボールとカメラの位置関係によって、ボールの位置が不明瞭になる瞬間がありました。ホークアイでは、独自のボールパターン認識と方向モデリングアルゴリズムを開発。ボールの一部しかカメラに映っていない瞬間でも、ボールの位置を正確に特定することができるようになりました。

VAR(Video Assistant Referee)

サッカーの主要な国際大会でも採用され、大きな注目を集めたVARにもホークアイならではの問題解決のノウハウが凝縮されています。サッカーにおけるVAR導入の課題は、コミュニケーション。試合が流れている中で、審判員とビデオ審判がインカムでコミュニケーションを取りながら、試合を止めるタイミングを判断しなければならないからです。複数のカメラから最適なシーンを選びやすくするシステムを構築するのはもちろん、実際に使用する審判のトレーニングや、資格・認証の取得もサポート。2020シーズンの一部の試合で導入されたJリーグでは、審判団との合宿も開催しています。

ラグビー

TMO(Television Match Official)

激しいタックルやぶつかり合いが繰り広げられるラグビーでも、TMOと呼ばれるビデオ判定でホークアイが導入されています。試合によっては30台をも超える多数のカメラ映像をすべて集約してサーバーに取り込み、同期し、操作画面にすべての映像を表示。その中で詳しく検証したい映像をドラッグ&ドロップして審判が確認できます。静止や拡大、スローモーションなどの操作がスムーズにでき、反則の有無やトライできているかの確認も可能です。また、ラグビーでは現場のドクターもタブレットを使用し、選手が負傷した際にどこをどのように痛めたのかを確認。精度の高い処置や治療を支えています。競技の安全性を高めるのはもちろん、処置や治療の精度を高めることは負傷した選手の早期復帰にもつながり、所属チームにとっては戦力的にも経営的にも大きなメリットとなっています。

野球

ビデオ判定サポートシステム

監督が審判に異議を唱えることができる「チャレンジ制度」が導入されているメジャーリーグベースボール(MLB)では、チームスタッフがホークアイのスマートテクノロジーによる映像を確認し、監督が審判にチャレンジするかどうかを判断しています。本システムはMLBを通じて全30球場に導入されています。

プレー分析サービス

MLBでは、2020年シーズンからプレー分析の領域でもホークアイが採用されています。画像解析技術とトラッキングシステムにより、球場全体のボールや選手の動きをミリ単位の正確さで光学的に捉えてリアルタイムで解析してデータ化。さらに、各球場に設置された12台の高解像度ハイフレームレートカメラが撮影した映像を同期させて解析することで、選手の三次元骨格データの計測が可能となっています。これによって、選手の姿勢や動きをリアルタイムで解析でき、投手・打者のフォームや投球内容、打球・バットの軌道、野手や走者の動きなど、あらゆるプレーをより精密に確認・評価できるようになっています。本サービスは、MLBの全30球場と複数のトレーニング施設を対象とした複数年契約が結ばれており、MLBのデータ解析ツール「Statcast(スタットキャスト)」にも反映されるため、試合放送時にも活用されるほか、ファンはMLBの公式サイトなどで実際の数値を確認して楽しむことができます。日本では、今シーズンより東京ヤクルトスワローズの協力のもと実証実験を開始。球場に設置された4台のカメラがピッチャープレートからホームベース間の投球・打球を捉え、その速度・回転数・回転の方向・軌跡をデータ化しています。今後、カメラを8台に増やし、MLBと同等のデータが得られるようになる予定です。

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