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応用物理学会フェロー授与
Corporate Distinguished Engineer 冨谷 茂隆が考える材料・デバイスの未来

2021年12月7日

Corporate Distinguished Engineer(Corporate DE)の冨谷 茂隆が、応用物理学会の第15回(2021年度) フェローとして表彰されました。本称号は、「応用物理学の発展に顕著な貢献をした者」に授与されます。ソニーグループ内の材料解析やデバイス開発の分野で多様な経験や実績を持ち、産学問わず社外活動にも積極的に取り組んでいる冨谷に、これまでの経歴や研究内容、材料・デバイス分野の今後について、話を聞きました。

プロフィール

  • 冨谷 茂隆(とみや しげたか)

    博士(工学)
    ソニーグループ株式会社
    Distinguished Engineer

物事の「本質」を突き詰め、キャリアを歩む

大学では物性理論や統計物理などの理論物理を専攻し、物性シミュレーション(分子動力学法)や量子ドットの研究に取り組みました。高校生の時に将来はNASAで働きたいと思うほど宇宙に興味がありましたが、その過程で物事の本質を知るには、物理学だと考えました。大学に入ってからは、物性物理に関心が移っていきましたが、昨今のJAXAとソニーの活動を見ていると、とても羨ましく思います。元々、物事の本質を追求するのが好きだったので、そういう面が今のキャリアにもつながっているのだと思います。

学生時代は、研究の傍ら、ヨット部や学園祭の活動にも注力

ソニーに入社したきっかけは、当時の中央研究所で所長をされていた故・菊池誠さんが私の通っていた慶應義塾大学で特別講義を持たれていたことです。菊池さんは講義の中で、自身のソニーでの活動内容や、専門の半導体分野での研究開発を通じた、ウィリアム・ショックレー氏やジョン・バーディーン氏など、海外のノーベル賞受賞者との交流についてお話しされていました。そのようなお話を聞く中で、次第にソニーへの入社意欲がわいてきました。半導体デバイスのさらに先を行く、世の中にまだないような、役に立つデバイスを実現したい、新しい現象を見出してそれを実際の世の中に活用したいという想いが強くなり、ソニーでならそれが一番できるだろうと考え、入社を希望しました。

その後、晴れて希望が叶い、1988年にソニーに入社。菊池さんと同じ中央研究所に配属されました。当時は、透過電子顕微鏡という、顕微鏡を使った化合物半導体材料やデバイスの解析に従事しました。DVDレコーダーの赤色レーザーダイオードに採用されているGaInP(ガリウムインジウムリン)、バイポーラトランジスタ向けのGaSb/InAs(ガリウムアンチモン/インジウムヒ素)やZnSe(ジンクセレン)の材料解析を行っていました。このほか、化合物半導体に限らず、リチウムイオンバッテリーの正極材料の材料解析なども担当しました。

当時は海外での研究開発活動の促進が活発で、私も社内公募による海外留学プログラムによって、カリフォルニア大学サンタバーバラ校材料工学科に研究員として、1年半ほど留学しました。半導体量子細線や量子ドット構造の作製とそれらの光物性評価や微細構造解析に取り組みました。この時、電気電子工学科、物理学科や化学科などのさまざまな人々と一緒に共同研究を行ったり議論したりすることができました。このような環境で、後にノーベル物理学賞やノーベル化学賞を受賞された先生方とも交流することができ、非常に恵まれた研究生活を送ることができたとともに、学生時代に思い描いていたことが叶いました。

留学時代、量子ドットの作製装置の前で

帰国後、当時のマテリアル研究所でZnSe系の材料を使った青緑色レーザーダイオードの研究開発に注力し、世界最長寿命※のZnSe系レーザーダイオードの開発に貢献しました。残念ながら、このZnSe系レーザーダイオードは商品化には至りませんでしたが、2014年のノーベル物理学賞の受賞理由となったGaN(ガリウムナイトライド、窒化ガリウム)という材料を使ったレーザーダイオードの開発にも注力することができました。このGaN材料のレーザーダイオードは、2005年に愛知県で開催された”愛・地球博”のソニーブースにて展示された2005型の大型プロジェクター向けの超高出力青色レーザーダイオードに採用されました。この開発では材料中の欠陥の発生が課題でしたが、原因究明と解決法を見出すことができ、Sony Most Valuable Professional認定(現 Sony Outstanding Engineer Award)を授与することができました。並行してプレイステーション®3用の3波長のレーザーダイオードの開発にも従事していましたが、量産化に向けて非常に苦労しました。製造事業所がある宮城県白石と厚木テクノロジーセンター(厚木TEC)のある神奈川県厚木市とを行き来しながら、懸命に原因の究明に尽くし、解決し、量産にこぎつけました。数ヶ月間、ゆっくり休むこともできないような時期もありましたが、今となっては思い出深い、よい苦労話です。

2010年には、宮城県のソニー白石セミコンダクタ株式会社(現 ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社(SCK) 白石蔵王テクノロジーセンター)に赴任し、半導体の品質や信頼性に関わるさまざまな業務に従事しました。2011年には東日本大震災が発生、工場の復旧作業にも携わりました。その後、SCKから戻った後は、厚木TECにてディスプレイの光源開発を担当し、緑色半導体を使ったレーザーダイオードの開発や、その信頼性向上に取り組みました。そして、直近ではR&Dセンターでマネジメントとして、また、Corporate Distinguished Engineer として、イメージセンサーや有機イメージセンサー、光半導体デバイスなどのデバイス材料解析や物性シミュレーションなどに従事しています。また同時に、開発期間が長期に渡る材料やデバイスの開発を加速させることを目的に、後述するマテリアルズ・インフォマティクスの研究開発にも取り組んでおり、今にいたります。

※1997年当時

東日本大震災により事務所が使用不可になり、復旧まで会議室をみんなで使用していた

材料の研究開発での苦労から、解析による効率化に挑戦

マテリアル研究所在籍時に、ZnSe系の青緑色レーザーダイオードの開発にあたり、100時間を超える世界最長寿命化※の実現や、不具合や欠陥が生じる原因とその発生メカニズムを明らかにすることができました。しかし、その後思うように寿命が延びず、製品として成立させることができなかったので、残念ながらZnSe系の材料の採用を断念せざるを得ませんでした。しかし、ほぼ同時にGaN系の青色レーザーダイオードの研究にシフトし、GaN系のレーザーダイオードを作るための実用化に向けた世界で初めてのGaN基板の作製技術を確立し、関連特許を取得しました。その後、長寿命化を実現したGaN系のレーザーダイオードの開発に無事成功し、商用化につなげることができました。

ここで開発したGaN系のレーザーダイオードは、ブルーレイディスクレコーダーのピックアップやプレイステーション®用のピックアップなど今日のさまざまなソニー製品にも使われています。

今回のフェロー授与においては、ZnSe系やGaN系などワイドバンドギャップ化合物半導体材料やそのデバイスにおける欠陥・劣化メカニズムの解明を世の中に先駆けて行ったことが、功績として認められました。 加えて、材料やデバイスの研究が長期間に渡るという課題に対して、マテリアルズ・インフォマティクスを軸に社外や大学との連携を推し進めてきた点も考慮いただいたかと思います。

「4つの科学」をフル活用、マテリアルズ・インフォマティクス

マテリアルズ・インフォマティクスは、既存の実験データやシミュレーションデータをAIに学習させることで、結果から原因を推定し、欲しい物性を持つ新材料をデータから導き出すアプローチです。AIを活用することが非常に重要ですが、それだけでなく、実験科学、理論科学、計算科学、データ駆動型科学という4つの科学をフル活用して特定の機能を有する材料を効率的に探索する方法と言われています。

従来は、データからパターンや法則性を見出して仮説を立てるという実験科学を使った方法や、理論や計算から予測するという方法がありました。一方で、マテリアルズ・インフォマティクスではデータからパターンの法則性を見出して、仮説を立て、予測、データ作成という形を繰り返します。ここではデータが重要な要素で、データからパターンを見出す時にAIを活用することが近年、増々重要になってきています。マテリアルズ・インフォマティクスというと、AIのイメージが強いですが、上述のようにAIが全てではなく、AIをうまく活用することが重要であることは言うまでもありません。

このようなデータ活用の先例には、DNAの塩基配列を見出すバイオインフォマティクスという分野や、製薬のためのケモインフォマティクスという手法があります。そして、それらを応用して有機材料や無機材料にもAIを活用しようというのがマテリアルズ・インフォマティクスです。

材料やデバイスの研究開発は、テフロンやリチウムイオン電池など、研究開発期間がかなり長期にわたります。ソニーでも、半導体レーザーやイメージセンサーの研究が始まったのは1970年代ですが、現在になってやっとソニーの得意分野となっています。マテリアルズ・インフォマティクスは、このような長期に渡る研究開発をなるべく効率的かつ短期間で進めるための手法として活用されています。また、研究開発が短期・効率的になることによって、研究費用の削減も期待でき、地球環境に優しい研究開発につながると考えています。

ソニーでも、計算機シミュレーションやデータ科学、ハイスル—プット実験(高速実験の新しい手法)、材料解析・分析など、R&Dセンターの知見やリソースを活かすとともに、4つの科学をフルに活用しています。

強い技術の秘訣は人と人とのつながり

2013年に、材料解析や信頼性に関する要素技術の研究開発やその評価に携わるエンジニアのソニーグループ横断の活動として、「材料解析ネットワーク」を立ち上げました。きっかけは、社内のアセットやリソースをもっとうまく連携して活用することで技術力の底上げができるのではないかと思ったことです。そのためには人と人のつながりが非常に重要で、もっと強化したいと考えました。

ソニーグループには、R&Dセンターだけなく、多様な事業や製造拠点などのあちこちに、材料やデバイスの評価・解析をしているメンバーが大勢います。当時社内には、エンジニア同士が組織を超えて横連携するようなシステムや仕組みがなかったので、有志で始めました。私自身、国内の事業所への赴任経験があったので、このような活動が非常に重要だと思っていました。研究部門にいればその視点で新しい開発ができますし、事業所にいればそこでの新しい気づきやニーズもあるので、連携により効率的に材料やデバイスの解析ができるようになるのではという思いがありました。事業所にも気心の知れたメンバーが多くおり、立ち上げもスムーズに行えました。その後、社内に技術戦略コミッティという横串活動が確立され、よりネットワークが強化されています。

また、新しいアイデアが生まれることを期待して、毎年社内フォーラムも開催しています(昨年、今年はともにオンライン開催)。普段なかなか会えないメンバー同士がコミュニケーションを取り、知見の共有や新しいアイデアを生むきっかけとなっています。

過去のフォーラムの様子

社会課題解決のための材料・デバイスへ

私自身、学生時代の講師の影響を受けてソニーへの入社を決断しているので、現在拝命している東京工業大学での特任教授としての活動には強い思い入れをもって取り組んでいます。研究室での活動や授業でのコミュニケーションを通じて、企業に入って研究開発やモノづくりをすることの面白さや社会への貢献について、私自身の経験をもとに説明するようにしています。

私が所属している同大学の地球インクルーシブセンシング研究機構では、材料やデバイス以外にもさまざまな取り組みを行っています。私は、熱を電気に変えるような材料・デバイスの開発に取り組んでいます。熱を電気に変えるのは、エネルギー問題解決のために重要なテーマです。 地球環境への配慮は、今後の技術を考える上で必要不可欠な視点ですので、その意義や研究の動向は必ず伝えています。嬉しいことに、学生さんにもそういった観点を念頭に置いた上で考えてもらえるようになったと思います。

私自身、今目の前にある技術を社会課題の解決につなげたいと強く考えています。例えば、エネルギー問題では、熱電デバイスや超低消費電力に向けた技術です。また、ソニーではCorporate Distinguished Engineer(DE)としても活動していますので、さまざまな社会課題の解決に向けて、他のDEとも技術軸のみでなく、あらゆる角度で議論を重ねています。

これまでの社会変化やイノベーションを振り返ると、半導体などの材料・デバイスといったマテリアルの存在が不可欠だったと思います。しかし、付加価値の源泉はモノからコトへと移り変わり、またリアルからバーチャルへの比重も高まっています。多様なソニーグループの事業領域を見渡すと、材料・デバイスによるイノベーションがグループ全体において果たす役割も以前ほど高いとは言えません。しかし、人やモノが動くリアルな空間では、タッチポイントには必ずモノ=材料があり、同時に例えばメタバースといったバーチャル空間においても人とのタッチポイントとして、依然として材料・デバイスは必須かつ重要であることには変わりありません。

今後、AIやバイオテクノロジー、量子といった先端技術分野の強化、またSDGsの達成や資源・環境制約の克服、安全・安心社会や健康長寿社会の実現といった社会課題の解決に、マテリアルイノベーションが必須と言われています。今後も社会課題の解決に向けて、ソニーグループの強みを活かした材料・デバイスをグループ全体で考えていければと思います。

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