Cutting Edge
Voice 03
技術とクリエイターを結ぶ架け橋へ
プロフィール
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ダニエル・デ・ラ・ロサ
ソニーのコア技術を現場で試すコラボ企画
『KILIAN’S GAME』は、ソニーグループ内のさまざまな組織がコラボレーションしながら、ソニーのコア技術を映画制作の現場で検証するプロジェクトです。私は高島さんと共同でエグゼクティブ・プロデューサーを務め、日本のR&DチームやソニーPCLとも連携。また、外部パートナー数社にも協力してもらいました。そのうちの一社がSaylorという制作会社です。私は以前、別の映像テストでSaylorのメンバーと一緒に仕事をしたことがあり、彼らのクリエイティブに対する思いに共感したという経緯がありました。Saylorからは、視覚効果の技術に定評のあるFuseFXという制作会社を紹介してもらいました。同社はマーベル・スタジオ作品をはじめ、映画やテレビ番組を多数手がけています。
ソニーの新しい技術を試そうと始まった企画でしたが、動画を楽しく見てもらうため、ちょっとしたストーリー要素も取り入れることにしました。脚本を担当したSaylorはさまざまな制約のなかでも質の高い仕事ができ、実際、ロサンゼルスと東京の2拠点で撮影できるようにシナリオを構成してくれました。コロナ禍で日米間を行き来できない状況でしたが、だからこそ私たちは、日本のソニーPCLが運営する「清澄白河BASE」の新しいバーチャルプロダクションスタジオを活かしたいと思ったのです。
ジャンルの候補としてはホラーやSFなどが挙がり、私たちはバーチャルプロダクションで実現可能か、映像に説得力を持たせられるかといった観点で候補を絞っていきました。当初はSFが有力候補でしたが、バーチャルプロダクションはSF作品においては珍しくない手法ですし、視聴者にとっても意外性がないだろう、となり、最終的には「レトロな1940年代ノワール風探偵もの」に落ち着きました。1940年代のノワール風とバーチャルプロダクションを掛け合わせ、全シーンが同じ場所で撮影されたとしか思えない、リアリティのある映像表現をしようと考えたのです。
撮影の裏側
序盤のシーンを撮影したのは2021年11月19日。当時発売したばかりのソニーの最新ドローン「Airpeak」を使って、マリブ(カリフォルニア州)の道路を空撮しました。事前に担当のビジネスグループにかけ合い、ドローン操縦についてレクチャーしてもらうとともに、撮影当日も担当者に立ち会いを依頼。電波が周辺の山々に遮られて苦戦した場面もありましたが、担当者のサポートのおかげで狙いどおりの映像をフィルムに収められました。もし他のドローンを使っていたら、少なくとも追加の無線機材が必要になるなど、同じ条件でも全く違う結果になったと思います。後日、ドローンを操縦したスタッフからのフィードバックを全て開発者に共有し、Airpeakのソフトウェア更新や新機能追加に役立ててもらいました。
2日目は、「パラムーア・エステート」というハリウッドの歴史ある邸宅で撮影しました。まずは邸宅内のシーンを撮影した後、部屋をスキャンしてEpic Games社のUnreal Engineというソフトで3Dモデル化。そのデータを日本のソニーPCLに送り、同社のバーチャルプロダクションスタジオで再現しました。酒瓶などの小道具は日本に輸送しましたが、クローゼットのような大道具は全て3Dモデル化しています。VFX(視覚効果)チームの負担を考慮し、部屋のインテリアは比較的シンプルなものに留めました。
日米間で連携する鍵となったのは、撮影に使用したカメラとソニーのXperia™スマートフォンの接続でした。私たちは撮影風景の映像をMeetMoというサードパーティのサービスを介して日本にリアルタイムに伝送。日本側のエンジニアは制作現場をリアルタイムで見守りました。2022年2月、今度は日本のスタジオで最後の場面を撮影した際も、同様にして米国側へ中継。米国にいる、映像監督のMatthew LitwillerさんやCollin Davisさんはその場で提案やフィードバックを行い、すぐに反映していきました。監督たちは、「日本のバーチャルスタジオの映像がとても良い感じだ」と口々に褒めていましたね。米国側では皆、あたかも実際のロケ地に帰ってきたかのように感じていたのです。個人的には、こうして2拠点で制作を進めた結果、図らずも「米国ノワール」と「日本ノワール」という2つのジャンルを融合できたとも思っています。日米の制作チームで足並みを揃えながらも、各シーンからはそれぞれの個性が感じられる仕上がりになったのではないでしょうか。
エンジニアを映像制作プロセスに引き込む
今回の最大の成果は、ソニーのエンジニアが映像の制作過程に深く関与できたことだと思います。カメラなど機材の開発を手がけるエンジニアが、実際の映画やテレビの制作現場に立ち会うことは、本来非常に難しいことです。エンジニアは今回、映像監督が制作で使う“仕掛け”の一部を垣間見ることができました。
例えば本編終盤の、机の引き出しを開ける手元のカットや、グラスが割れるカットは、実は米国で撮影されたもの。日本で撮影された一連のシーンの合間に挿入することで、日本人の演者が演じているかのように見せているのです。これは「インサート」という編集方法です。今回は映像監督が編集も担当したので、インサートのためにどんなカットが必要になるかを正確に理解していました。他にも、カメラに映らないギリギリのところにマイクをセッティングしたり、小さな台の上に演者を立たせて背を高く見せたり。こうしたテクニックも含め、実際の制作現場で機材がどう使われているかを見ることで、エンジニアはソニー製品を改良していくための知見を得たと思います。
そう考えると、近年のソニーは技術とクリエイターの橋渡しに成功していると思います。私が入社してからの4年半でも、クリエイターの意見を反映させようとする意識が年々高まってきたと感じますし、それはデジタルシネマカメラ「VENICE 2」が初代モデルからいかに改良されたかを見ても明らかです。初代のVENICEも素晴らしい製品で評判も上々でしたが、ソニーは同機への意見やフィードバックをふまえ、VENICE 2で大きく進化させました。私は30年以上カメラを使って仕事していますが、他の大手メーカーでここまで開発ペースが早い企業は見たことがありません。ソニーはフィードバックを取り入れるのが本当に上手いと思います。
今後、社内はもちろん映画業界でも『KILIAN’S GAME』の認知度が高まり、次のプロジェクトの布石となれば嬉しいです。次のチャレンジでは、本作の続編を作るというよりは、全く別の作品を作ってその過程でまた新技術を試すことを考えています。コロナ禍はまだ終息していませんから、複数のロケ地で撮影した映像を組み合わせるための技術の活用・開発についても議論の余地があるはずです。これからソニーのエンジニアがどのような新技術を編み出し、いかに映画界に貢献していけるのか、とても楽しみです
Message:Daniel De La Rosa
失敗を恐れず、新たな限界に挑戦してみてください。私たちは多少の失敗は覚悟の上でプロジェクトに臨んでいます。失敗から学ぶことは、成功から学ぶことと同じくらい多いのですから。
バーチャルプロダクションのような技術は身近になってきているので、クリエイターの皆さんにはぜひ積極的に取り入れてほしいと思います。他方、エンジニアも制作業界の現状を常に把握しておくことが重要となるでしょう。オンライン上には、クリエイターが自分たちのアイデアや手法を発信するコミュニティもあります。ソニーが制作側のニーズを理解し、クリエイターの背中を押すような技術を開発していければと思います。