「本当に必要とされているもの」を求めて生まれた手術支援ロボットの裏側
2024年5月9日、ソニー独自のマイクロサージャリー支援ロボットを開発した旨が発表されました。その発表を知って、ソニーが医療に関する研究を行っていたことに驚いたのですが、私の他にも意外に感じる人が多いのではないでしょうか。
今回は、マイクロサージャリー支援ロボットの開発プロジェクトのメンバーである若菜さんにお話を伺いました。これまでを振り返りながら、改めて本プロジェクトに託す若菜さんの思いに迫っていきます。
複雑な手術を可能にするロボット
── まず、先日発表されたマイクロサージャリー支援ロボットについて教えてください。
マイクロサージャリーと呼ばれる、手術用ルーペや顕微鏡を使って行うような微細な手術をサポートすることを目的に開発・試作したロボットです。例えば、極小の針と糸で直径1mm以下の血管同士をつないで吻合(ふんごう)させる場合、特別なトレーニングや機器が必要なことから、施術できる医師も施設も限定されます。しかし、将来的にこのロボット技術が世の中に普及することで、マイクロサージャリーができる施設や医師を増やすことができ、医療業界に貢献できるのではないかと考えています。
── かなり細かな作業を必要とする手術をサポートできるのですね。このロボットの特徴は、ずばりどのようなところでしょうか。
精密さと遠隔操作型であることです。患者さんの体に触れながら手術をするロボットなので、精密な操作は欠かせません。加えて、このロボットは医師が扱うコントローラーと実際の施術を行うロボットとでボディが異なる、遠隔操作型を導入しています。この遠隔操作を、医師にとってより使いやすいものにできるよう、試行錯誤を重ねました。
情報や認識の共有を大切に
── 若菜さんは、このプロジェクトにどのような役割で参加されていたのですか。
プロジェクト全体の立ち上げ時のリーダーと、メカ設計の二つです。立ち上げ時のリーダーとしては、開発目標とする技術のコンセプトや開発計画の策定に関わりました。メカ設計としては、ロボット本体とその操縦アームの二つの設計を主に担当しました。
── それぞれの仕事について、詳しく教えてください。まず、立ち上げ時のリーダーとしてはどのようなことを行ったのでしょうか。
3カ月程かけて、ロボットや技術開発の方向性を定めたのですが、特に医療や技術に関する知識、開発するロボットのコンセプトに関して、メンバーとの情報共有を心掛けていました。開発の方向性を定める際に、メンバーがそれぞれの知識を元に話すため、その背景が異なるとなかなか話がまとまりません。また、コンセプトについても、一つの技術を開発するために複数人が関わるため、その認識がずれていれば一つに集約しづらいことも考えられたので、知識や認識を齟齬なく共有できるようメンバー全員で話し合うことを常に意識していました。
── 次に、メカ設計はいかがでしょうか。
メカ設計とは、一般的に機械が動くメカニズムを設計する仕事を指すのですが、今回のプロジェクトでは監修してくださる医師の方々のお話を聞きながら設計するプロセスを強く意識しました。ロボットのメカ設計において最も重要なことは、複合する技術のバランスだと考えています。複数の技術や機能が融合して一つのロボットが完成しますが、ある一つに注力しすぎてしまうと他がおろそかになりがちです。そこで、ユーザーである外科医師に話を聞きながら、試作機の製作と修正を繰り返し、医師が求めている本質的なニーズを見極め、実装するようにしていました。
「技術の応用」から「必要な技術を開発する」へ
── プロジェクトについて改めてお伺いできればと思いますが、当初からこのような技術の開発を目標に取り組まれていたのですか。
当初は、精密な操作ができる最高のロボット技術を作り、それを医療業界に応用できればという思いで取り組んでいました。しかし、私たちが開発したものと実際の医療現場で求められるものに大きなギャップがあり、開発した技術の応用先が見つけられませんでした。そこで、技術開発の方向性を変更し、今のロボット開発に至りました。
── プロジェクトの目指す方向を変えたのですね。具体的には、どのように変更されたのですか。
技術を開発してから応用するのではなく、必要とされているものをつくる方向に変更しました。尖った技術を開発できても、応用先がないとその技術を生かすことができません。それならば、難しい技術であっても誰かのためになるものにしようと話がまとまりました。何が必要とされているのかというニーズを探すことにも苦労しましたが、こうして形にできたことをうれしく思います。
より安全で身近な手術支援ロボットを
── 本日は、これまでの研究開発について振り返っていただきましたが、改めてこのプロジェクトを通してどのようなことが印象に残っていますか。
プロジェクトと共に成長できたことです。若手の担当者でも、担当領域を超えてプロジェクトに関わることができることが、ソニーの魅力の一つだと感じています。実際にこのプロジェクトでも、私がやったことのない仕事に手を挙げて積極的に任せてもらえました。今回のプロジェクトでは、先ほどお話したリーダーやメカ設計に加えて、ウェブページやデモ動画の企画も担当したのですが、これもまた自らやりたいと手を挙げたものでした。普段の担当領域では経験できない、他部署と連携したコンテンツ制作に関わることができ、より自身の成長につながったと感じています。
── 最後に、このプロジェクトの展望について教えてください。
患者さんのことを考えながら、ロボットの研究開発を続けたいと思っています。こういった手術支援のロボットを実際に使用するのは医師ですが、その先には手術を受ける患者さんがいることを忘れずにいたいです。そして、患者さんにより安全で身近だと感じていただけるようなロボットを目指したいと考えています。
<編集部のDiscover>
プロジェクトの方向転換をしたというお話を伺い、発表までの道のりの長さを感じると共に、さまざまな苦労や努力を経て開発を実現されたのだと知り、改めてこのプロジェクトに対する社員の方々の熱い思いや、開発された技術のすばらしさを実感することができました。また、このように一つの事柄に集中して取り組むことのできる、若菜さんはじめプロジェクトメンバーの皆さんの思いや、それらを支えるソニーという環境に魅了されました。今後も、このプロジェクトの発展を陰ながら応援し続けたいと思います。