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土にも人にも多様性を。拡張生態系によって育まれる越境する知の土壌

Culture

生態系の多様性を削減してしまう現在の農業と異なり、多種多様な植物を含む環境を人為的に作ることで、生態系の多様性を取り戻す取り組みである「協生農法」。ソニーコンピュータサイエンス研究所の舩橋さんは、その拡張概念である「拡張生態系」を含め、これらの取り組みを広める活動を精力的に行っています。どのような思索の果てにこれらの活動にたどり着いたのか、過去を振り返っていただきました。
*本記事はAcaric Journalのインタビュー記事を元にリライトしたものです。
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舩橋 真俊

—舩橋さんが取り組まれている「協生農法」はどのようなものなのでしょうか

「協生農法」とは、土地を耕さず、肥料や農薬も使用せずに、多種多様な植物が育つ生態系を人為的につくり、食料を収穫しながら生物の多様性を豊かにしていく取り組みです。すでに国内外の実証実験で成果を出しています。食料を生産するほど、植物、動物や微生物などの生き物が増えて豊かな生態系が生まれていく農法です。

ブルキナファソ(アフリカ)にて協生農法を紹介(2015)

—協生農法によって、どのようなことが期待できるのでしょうか

 背景にある1番の危機は生態系の全球崩壊で、2045年ごろまでに起こると科学者によって予測されています。具体的には、いろいろな生物種が絶滅する速度が加速しているのですが、その最たる要因が農業なのです。地面を耕して農薬を使用すると、生物多様性を削減してしまうのですが、それがある一定まで達すると、「人間が何をしなくても生態系の崩壊が止まらなくなる」という負の連鎖が始まると言われています。一度崩壊し始めた雪崩のような状態に陥ってしまうと、人間が意識的に回復するための有効な努力をしない限り、崩壊を止めることができなくなる現象が起きると予測されています。
 既にこの現象は局所的には起きていて、これらを根本から食い止めるための最大勢力が「陸地での農業をどうするか」というテーマなのです。そのため、生態系の崩壊に対する総合的なソリューションとして、協生農法を考えています。食料生産以外の環境構築効果やヘルスケアの効果、教育の効果も含めて「拡張生態系」という一般概念化をして、都市部も含めて展開しているところです。

都心部でも拡張生態系の実験を開始。生態系をつくりながら有用植物を育てる

—協生農法プロジェクト発足の経緯を教えてください

 私は日本とフランスの大学院で、生物学と数理科学と物理学の研究をしていました。どれも面白かったのですが細かく分野が分かれているので、自分がやりたかった「複雑系として生命を捉えること」が1つの分野では十分に扱えませんでした。そこで、実際のフィールドで実践するために始めたのが協生農法プロジェクトです。
 アカデミアでは論文を書く際に、先行研究と本研究の差分を明示する必要があります。新規性の高いプロジェクトの場合はそれが難しいですし、アカデミア組織の性質上、どの分野で研究すればいいのか、扱いに困ってしまうのです。これまで、アカデミアのほとんどの分野についてある程度勉強しましたが、それらを踏まえてもアカデミアでは自分のやりたいことをできる場所がなかったので、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)にプロポーザルを出して受けいれてもらった、という経緯があります。

 日本でもフランスでも、アカデミアで扱うのが難しい研究はあって、そのような領域に足を踏み入れてしまったので、最初は個人でやっていました。研究者のキャリアプランとしては、学部や学科で扱う内容を突き詰めていけば、例えば大学教授になるといった未来があります。私自身はそのようなキャリアパスに収まらなかったのですが、それはなぜかというと、「未来の社会や世界を考えたときに、絶対に重要なのにも関わらずアカデミアではカバーしきれない問題があること」に学生のときに気づいてしまったからです。
 これらの問題に取り組むにあたり、アカデミアのキャリアパスを一旦放棄することになるのですが、「未来に向けて自分がやらざるを得ない」という思いから、消去法で選択しました。ただ、結果的に今ではアカデミアと関係がありますし、論文も多分野にわたって書いていて、いわゆるトップジャーナルといわれる雑誌にも論文が採択されています。また、活動の場もアカデミアだけでなく、ソニーのような企業や、更にはこれまでソニーやアカデミアが接点のなかった団体や個人、地域を巻き込むレベルに拡大しています。

仏エコールポリテクニク大学院に留学していた頃(2006)

—ソニーCSLには、協生農法プロジェクトを受け入れる土壌があったということでしょうか

 ソニーCSLとの最初の接点は、博士課程の終わり頃にソニーCSLのパリ研究所のイベントに参加したことでした。その中で、アカデミアの方々は、いわゆる一般論や先行研究を押さえた「穴がないプレゼン」をすることが多いです。対してソニーCSLの方々は、それぞれとても個性的な、いわば意図的に「粗いプレゼン」をされていて、その最たるものが現在の所長の北野さんのプレゼンでした。生物学やコンピュータサイエンスに収まらない独自の見解を、個人的な私見として主張していて、意外な驚きがありました。
 当時、自身の博士号取得後の進路候補として、複雑系を扱う研究所がいくつか選択肢にありました。しかし、ソニーCSLのそのような粗さがあるところに、個人の趣味志向が許容されている雰囲気を感じ、アカデミアで扱いづらい協生農法の研究をやりやすいかなと思ったのです。そこで当時の研究所所長の所さんに会いに行って、自分がやりたいことをプレゼンしたところ、その場でウェルカムだと言ってもらえました。その後、北野さんにも話をする機会をいただきました。いわゆる一般的な就職活動をせず、個性的なプロセスを踏んで採用に至りました。今年で入社して12年目になりますが、これまで1つの組織に所属した期間としてはソニーCSLが最長になります。

—独特な形式で就職されたのですね

 結局博士課程に進学したのですが、修士課程のときに日本で一般的な就職活動を経験したこともあります。博士課程へ進学するのは、専門分野の中でも「独自の知見を作り出す知的なコミットメントをしたい」という気持ちが強い方々だと思います。しかし、そういう方々が必ずしも一般的な入社試験の枠組みや、社会的に求められる基準に合致して評価できるかと問われれば、私は必ずしもできないと思っています。大学などで行う研究の場合でも、最先端の研究は評価が難しく、ごく限られた専門家が評価をしています。私もそうでしたが、人によってはアカデミアでは展開が難しいテーマを抱えている可能性があって、そのようなテーマはむしろ一般社会に認められる素地があったりします。自分の可能性を広げる場を就職活動とするならば、そこにはいろいろな可能性があっていいと思います。もちろん、企業が用意する入社試験に参加してもいいですし、企業に直接プレゼンに行ってもいいと思います。もしダメ出しされたとしても、それは1つの経験になりますから、もう少し貪欲に行動してみてもよいのではないかなと思いますね。

2015年に西アフリカのブルキナファソで現地のNGOとともに開始した協生農法の実験。

—日本の博士課程の院生は自己主張が弱いと言われることもありますが、当時の周囲の方々は舩橋さんのように企業へ直接プレゼンされていたのでしょうか

 周りはまったくしていませんでしたね。研究室で「舩橋君は馬鹿か、天才か」という話題で盛り上がったことがあるくらい、私は変人扱いされていました。日本の大学院は、レベルの高い研究室ほど国の予算がついていて、その予算は責任者である教授についているので、その考え方の範囲内でいかに学術的アウトプットを最大化するかというプレッシャーが非常に高いのだと思います。そのような環境で、優秀な頭脳を持った学生が、分野によっては過度の競争に晒され、消耗してしまう状況をたくさん見てきました。
 博士課程へ進学をされる方々の中で、心身の不調を訴えてリタイアする人が多いですが、その原因として「産業としての学術の構造」があると思います。博士課程の方の自己主張が弱いのではなくて、主張しても認められない環境があり、皆さんは頭が良いので、無駄なことはしなくなります。私は教授に抗議してケンカ別れしたこともあるくらいなので、そのような気遣いができなかった人間だったと思います。博士課程の3年間で出せる学術的な業績は登竜門としては大事ですが、長い人生の中で考えると、そこで周りに迎合してしまうのは、日本全体の学術の生産性がマイナスになりかねないと感じます。
 私がフランスの博士課程に通って、日本と根本的に違うと感じたのは、博士学位に対する考え方です。日本では博士の学位は先生から認められた結果もらうものですが、フランスやアメリカでの博士論文公聴会は通称「ディフェンス」と呼ばれます。つまり、公聴会では自分のオリジナルの学説を発表し、それに対して専門家からの批判が来るのです。その批判に対して、根拠やデータなどのロジックを以って答えられるか、あるいは批判を退けられなかったとしても、その批判が自分の学説にとってどのような意味づけを持っているかを共有できるか、などを評価されるのです。この形式の議論を理性的に行うことができれば、基本的に博士号は獲得できます。日本の場合は結果ありきで、結果がプロジェクトの求めるものに従っているかという点に重きをおいて判断されるように見受けられます。学者として、または「対話する人」としての自立性といった、より根本の部分をフランスの方が見ていたように感じます。どちらが良いというわけではありませんが、評価される側面が違うと感じました。

—フランスの大学院に進学された経緯を教えていただけますか

 日本の理系分野は、技術面では優れた部分があるのですが、「それが100年後の世界にどういう意味を持つ のか、人間の幸福と関係があるのか、誰のためにやっているのか、教授のためなのか、未来世代のためなのか、自己満足のためにやっているのか」などの議論が欠けていると感じました。もちろん、科学の歴史への貢献を鑑みれば、自己満足の研究自体を否定するわけではありません。
 私はフランスで幼少期を過ごしたので、ある程度のフランス語の読み書きと会話ができたため、言語面のハードルは比較的低かったのです。また、サイエンスの起源を考えたとき、ルネサンス以降の近代科学のヨーロッパを切り取ると、フランスのアカデミアは歴史的に特殊な立ち位置にいました。フランスでは技術だけでなく関連する思想も含めて議論される土壌があり、分離横断的な領域も発達しています。生物系と理工系で2つ の修士相当の学位を取る過程で日本のアカデミアの様子は大体わかったので、少し変わった立場にあるフランスではどうなのか確かめる為にフランスに渡りました。

—「日本では研究の存在意義に関する議論が欠けている」と仰っていましたが、日本の場合はそのようなことを考える時間も機会も与えられず、逆に「研究に集中するよう」諭されるような風潮も一部あります

 フランス人にそのように言うと、人格を否定されたかのように反論する人ばかりです。自我の自立性に対するリスペクトの仕方が全く違います。例えば、多様性の考え方も日本とフランスでは全く異なります。人によって異なるので一般化しづらいテーマですが、日本ではハーモニーを大切にするような「和の精神」が前提にあると思います。フランスの場合は、さまざまな出自の人がいるから、「皆と仲良くできないのは当たり前」という考え方が前提にあります。また、違う意見同士を戦わせてハーモニーの中に落ち着くかというと、全くそうならないことのほうが多いですし、それで構わないという捉え方をします。
 極論を言うと、多様性とは、「気に入らない人とも一緒になんとかやっていって、その結果として気に入らない人に自分が抹消されるような状況が生じても、何とか生存の道を探る」ようなあがき方の姿勢なのです。そこで、日本のような「皆に貢献していく和の精神」が前面に出てしまうと、利点もありますが射程が限られてしまうのです。常にケンカしているのがいいとは思いませんが、常にハーモニーの中に回収しようとする圧力が強すぎると、そもそも多様性の持つ意味が薄れてしまうとも思います。

東京大学で獣医学を専攻していた頃(2001)

 大学院生の方々は、今の研究室のつながりやアカデミアの中で生きていく道もありますし、企業に就職して勤めるという手もありますが、そこで「多様性の振れ幅が限られてしまうこと」も知ってほしいです。つまり、「最初の選択肢が、ずっとその先の人生の領域まで決めてしまう」リスクに気づいてほしいのです。自分の本当の心の叫びに従ったときに、それが異分野へ挑戦するという方向性であったとしても、最初は混乱して大変だと思いますが、10年後に振り返ったときに自分の財産になっていると思える局面が来るのではないかと思います。修士や博士まで進学されるような優秀な方であれば、そのような様々な軋轢を体験して、本当の多様性の意味を身に刻んでいくことが、長期的に捉えると社会の多様性に貢献する道ではないかと思っています。

—協生農法に取り組まれる中で、最近はどのようなことを考えていますか

 教育が大事だと考えています。協生農法は、農作物を生産するのがメインというよりも、「持続可能な生態系を作って、そこから食料を生産する」という順番なのです。持続可能な生態系との付き合い方や、社会制度を考える全人的な教育が根本にあって、その1分野としてほかと有機的な関係を持ちながら食料生産もあるべきだと思います。
 先程の多様性の話に関しても、人間社会で直接それを学ぼうと思っても難しいです。嫌いな人を無理やり好きにするような教育のあり方では抑圧的になってしまいます。問題を相対化すると、おそらく嫌いな人には未知の部分があって、その未知の部分の解釈の仕方が分からずにネガティブな感情を投影しているだけだと思います。そのような対象は生態系にも数多く存在していて、例えば虫や蛇が苦手な人は、直接的な脅威がないにも関わらず嫌いになっています。おそらく虫や蛇という種が持つ習性や、人間との関わりにどのような可能性があるのかといった未知の部分に、何か関係ないものを投影しているのではないでしょうか。協生農法で面白いのは、虫嫌いな人が数か月後には虫を掌に乗せて愛でてしまう程に変化する場合があることです。人間社会にも通じる多様性の考え方を無理なく学ぶ上でも、生態系は魅力的なフィールドです。

砂漠化した土地に約150種類の有用植物を植えたところ、乾季でも枯れずに定着し1年後に緑化。(右:対照区画左:協生農法実践区画)

 今後、限られた資源や領土を異なる人同士で分け合ったり、人間の都合では捉えられない生態系と持続可能に付き合うという意味で、多様性との付き合い方のリテラシーを学べることに価値があるのです。これは、食料生産よりも上位にあるのではないでしょうか。例えば、世の中には数学が苦手な人もいれば、山の中に籠って数学だけをやる人もいて、どちらも同じ人間です。未知のものに蓋をしてしまうのか、怖いもの見たさで覗き見するのか、見たことのない景色にワクワクして進むのか、これは研究者としても、人間としての根本のアティチュードとして重要だと思います。
 就職すると上から仕事が降ってくることがありますが、それは自分の好みと合わないことのほうが多いと思います。未知の仕事が降ってきて、できなければ怒られるという状況にさらされるのですが、それを楽しめるかどうかにも関係すると思います。私はよくウィンドサーフィンなどのマリンスポーツをやるのですが、最初は風が弱いところで練習します。その後、慣れてくると風が強かったり波が高いほうが楽しくなるのです。ストレスの強い環境を乗りこなすのが楽しいという感覚で、それと似ているように思います。自分がこれまで対面したことがない状況に立たされた時に、どのように対面して新しい局面を切り開いていけるか、という面白さがあるのです。もちろん過度なストレスがかかり過ぎて、つぶされてはいけませんが、その加減が自分でわかるようになることが非常に大事だと思っています。それは、チームとしてパフォーマンスを発揮するために重要な、他者への寛容にもつながると思います。

—舩橋さんの取り組みに興味を持つであろう学生たちへメッセージをお願いします

 未来は皆さんの時代なので、私より若いというだけで大部分の優先権があると思うのです。もし皆さんが、協生農法や拡張生態系に興味を持ってくださって、より建設的な発展に寄与してくださるのであれば、私にできる限りのことはしたいと思っています。何かアドバイスをするとすれば、「基礎をきちんとやる」ということです。今重要視されているような最先端の研究だけをするのではなく、分野が異なる複数の学部の全教科で80点とれるような力が、物事を立体的に捉える上では非常に大切なのです。他にも大学で教えてくれない分野はたくさんありますから、そのような分野にも80%を理解するリテラシーを拡げていくことは必要になります。
 何かを100%極めるのは際限がない世界で難しいのですが、70~80%であればその2~3割の労力で実は習得できます。トップレベルの数学者は果てしないレベルですが、現代数学がいったい何をやっているかは、学部の4年間に自分で興味を持って調べればわかることなので、そのようなコアのリテラシーをしっかり培った状態で、未来のことを考えられる素晴らしい人間になってくれればと思っています。皆さんの研究活動・就職活動を含めたあらゆるキャリアを応援しています。


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