既存の枠組みを超え、ソニーの技術戦略を担う「Corporate Distinguished Engineer」
社員の多様なキャリア形成を支援しているソニーグループ(以下、ソニー)では、変化の兆しを捉え、ソニーの持続的な成長のために、技術戦略の策定及び推進と人材の成長支援を行うことを目的として「Corporate Distinguished Engineer(以下、DE)制度」※を設けています。
今回は、DEとして任命され、Sony Pictures Entertainment(以下、SPE)のテクノロジーデベロップメント部でSenior Vice Presidentを務める高島さんに、DEとしての事業領域を超えた活動や、エンジニアのキャリア形成についてお話を聞きました。
サービス開発から、業界全体のビジョン策定まで。
── ソニーのDEは「変化の兆しを捉え、ソニーの持続的な成長のために、技術戦略の策定及び推進と人材の成長支援を行う技術者」をミッションとしていますが、具体的にはどのような活動を行っているのでしょうか?
業界全体に関わるものから、個別の技術を実際の用途に合わせて磨き上げていくものまで幅広く、分野も多岐にわたる多くの活動があります。どれを紹介するか迷いますが、立体音響※に関する事例をお話したいと思います。
※立体音響とは、その場にいるかのような臨場感ある立体的な音源を作り出す技術のこと。3Dオーディオや3次元音響などとも呼ばれる。
HRTF(Head Related Transfer Function)※という技術を使いユーザーの音の聞こえ方を測定し、音響処理をパーソナライズすることで、スタジオの音場環境をヘッドホンで高精細に再現できる技術を2020年に実用化しました。タイミングとしてはまさに、全世界がコロナ禍となる直前のことです。
※HRTFとは、音源から発せられた音波が聴取者の鼓膜に達するまでの伝達特性を記述した関数のこと。人の耳の形は一人ひとり異なるため、一つの音がどのように聞こえるかには個人差がある。
コロナ禍では在宅で映画の音声を制作する必要があり、遠方に住む監督がロサンゼルスのスタジオまで移動できない状況が続きましたが、自宅にいながらヘッドホンで音を完璧にチェックすることができました。この技術のおかげでSPEとしては、コロナ禍であっても高い音質を保ち、映画製作を続けることができたのです。
その後、この技術は「360 Virtual Mixing Environment(360VME)」という名称でサービス化され、映画・音楽業界向けに提供され始めています。
新しい技術を開発した際、社外のクリエイターにも使ってもらおうとすると、現場でどのようなことが求められているのかニーズの把握が重要になりますし、立ち上げたサービスをより多くの方に知ってもらわなければなりません。技術を見極め、そして業界に技術を広めていくことも、DEとしての役割だと感じています。
── 業界全体に関わる活動もされているということですが、そちらについても教えていただけますか。
はい。例えば、私はハリウッドの業界団体において、SPEの技術代表を務めているのですが、他の映画スタジオの技術代表と一緒に業界全体のビジョンを描く活動も行っています。最近の話題を少しご紹介すると、映画製作に関わる作業をクラウド化していくという内容です。今は手元でやっている作業をクラウド化できれば、作業工数的にもセキュリティ面でもメリットがありますが、1社だけでやろうとしても上手くはいきません。業界全体で目線を合わせ、共に取り組んでいく必要があるのです。国際放送機器展「NAB (National Associations of Broadcasters) Show」や「IBC(International Broadcasting Convention)」など関連業界の国際的なイベントで登壇をしてビジョンを語り、世界中のパートナーと一緒に業界全体を発展させていくという責任をもって仕事をしています。
【その他、DEとしての高島さんの活動の一部】
■技術戦略コミッティ
ソニーの各グループを横断する、技術の横串活動。
組織横断でさまざまな分野の知を共有し、体系的に技術を進化させ、人材の成長を促進する役割を担っている。高島さんは、コンテンツ技術戦略コミッティの共同代表を務めている。
技術戦略コミッティ
■Sony's Tech Academy Channel
ソニーグループの第一線で活躍するエンジニアが技術について解説。高島さんは「技術を活用してコンテンツを作る、コンテンツ制作の現場で技術を鍛える」を担当(全6回)。
Sony’s Tech Academy Channel
求められるのは、先を見越した提案力と実行力。
── 事業の枠を超えてさまざまな活動をされていますが、高島さんが考える、DEに求められる役割とは何でしょうか?
個人的には、社内でどれだけ評価していただいても、社外に貢献できないと意味がないと思っています。業界全体から認められている人がDEになるべきだと考えますし、実際にそういう人がメンバーとして選ばれていると思います。その上で私が重要だと感じているのは、数年後、場合によっては10年後など、ある程度先を見通すことです。そしてそこにまだソニーができていないこと、やるべきことがあれば具体的な活動を提案し、実現していく。先を見越した提案力と実行力がDEには求められるのではないかと考えています。
例えば、私は映画業界に身を置いていますが、ゲーム事業のチームと一緒に映画を作ってみる、音楽事業のチームと一緒に何かやってみるなど、グループ連携は、DEという立場にあるからこそ進めやすい部分でもあります。また共創の場をつくることで、好奇心旺盛なソニー社員は喜んで参加してくれますし、さらに世界で活躍しているような社外のクリエイターとも交流の機会が生まれます。こうした機会によってネットワークを広げ、そこから次世代のリーダーを育てていくこともDEとしての一つの役割ではないでしょうか。
成長意欲と飽きっぽさが、キャリアチェンジの原動力。
── 領域を超えた活動による掛け算は、まさに多様な事業領域を持つソニーのDEならではだと感じますが、高島さんご自身は入社時点から今のようなキャリアをイメージされていたのでしょうか?
いえ、イメージしていませんでしたね。
当時、ソニーではBlu-ray Discの規格開発を進めていました。私も入社後に規格標準化に携わっていたのですが、標準化の鍵はハリウッドのスタジオが使うと言ってくれるかどうかでした。そのときに私が感じたのは、コンテンツの力です。それまでは、技術をビジネスにするためにハードウェアやコンテンツを市場に届けることを競っていましたが、お客様が最終的に体験するのはコンテンツであり、その価値を最大化するために技術を見極め活用するという姿勢に共感を覚えました。メーカー側のエンジニアとしてではなく、コンテンツ側で技術を生かしたいという思いが強くなっていき、米国へ渡りSPEでのキャリアをスタートしました。
── とはいえ、生活の拠点を日本から米国へ、また担当領域をハードウェアからコンテンツへと変える大きなキャリアチェンジには、不安や迷いはなかったのでしょうか?
大学のときの研究室の教授が米国やフランスでも活動されていたこともあって、研究室でも英語を使っていたり、海外から研究者が来ていたりとグローバルな環境だったので、海外に行くことにはあまり抵抗はありませんでした。
ただそれ以上に、キャリアチェンジに対して抵抗がないのは、私が「飽き性」だからだと思います。同じことを2~3年やっていると飽きてしまうのです。それに、どんどん変化していかないと自分の成長が止まってしまう気もします。米国は比較的そのようなキャリアに対する考え方が浸透していると思います。転職される方も多いですしね。またエンタテインメントの業界では毎年何かしら新しい動きがありますので、そういった環境に身を置くということは、私にとっては自然な選択だったのかもしれません。
多様な経験の機会こそが、ソニーの魅力。
── 高島さんはご自身でキャリアを大きく切り開かれていますが、こうして多様な経験を積むことができる可能性の広さは、多様な事業領域を持つソニーならではかもしれませんね。
そうですね。ソニーのようにいろいろな事業があると何が良いか。それは一つの技術でも、それを活用した製品やサービスなどの出口がたくさんあることだと思います。
例えば、冒頭でお話した立体音響技術は、映画だけでなくゲームにも音楽にも使われています。それぞれに技術の可能性がありますし、複数の事業で一緒に取り組むことで学び合い、SPEだけではできなかったことが実現できることもあります。こうした可能性の幅広さが、ソニーの魅力ではないでしょうか。
── これまでのご自身の経験も踏まえて、これから世界で活躍するエンジニアにはどのようなことが求められるとお考えでしょうか?
世界トップレベルのクリエイターやグローバル企業の技術代表の方々と話したり、仕事を一緒にしたりするとたくさんの刺激を受けます。
ただそうした機会を持つためには、まず自分自身が多様なキャリアを積んでおかなければならないと考えます。例えば、私がDEとして力を入れている活動の一つに、技術戦略コミッティがあります。これはソニーグループの各事業分野を横断して技術の相乗効果を生み出す活動で、私はコンテンツ技術戦略コミッティを担当しています。海外の技術者やクリエイターと一緒に何かやろうとすると、以前は海外の現地に行かなければならないことが多かったですが、今ではリモートでできることの幅も広がり、業界も国や地域も超えて、世界とつながることができます。私はDEとしてこうした場づくりに積極的に取り組んでいきますので、ぜひソニーで働くエンジニアの皆さんには、キャリアを広げる機会にしていただきたいと思います。
<編集部のDiscover>
DEとして、関係者を巻き込んだりコミュニティをつくったり。そこには高いコミュニケーション力やリーダーシップが求められるわけですが、それらの力を鍛えたのは、クラスをまとめる学級代表としての経験だとか(小学校2年生から高校3年生まで、なんと11年間連続で学級代表をやっていたそうです!)。
仕事だけでなくあらゆる経験から学び、それを生かしてキャリアを広げていく高島さんから、今回の取材を通してキャリアデザインの要諦を学ばせていただきました。