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義足ひとつでヒーローになれる世の中を、つくる。

Culture

人間の身体には私たちが知らない隠された機能・能力があると言われています。それらを引き出すことによって生活スタイルや考え方を変えてしまおうと取り組んでいるのが、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の研究員である遠藤さんです。ソニーCSLで身体能力に関する研究を行いながら、競技用義足の開発を行う会社の経営も行う遠藤さんに、研究テーマに対する思いや研究活動におけるこだわりなどを伺いました。
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遠藤 謙

◆OTOTAKEプロジェクトで実現した、「三方良し」のデザイン。

OTOTAKEプロジェクト: 四肢欠損の障がいを持つ乙武洋匡氏とともに2018年から始動した、ロボット義足を用いたチャレンジ。2022年5月16日に国立競技場で行なったイベントでは、100m歩行に成功しました(プロジェクトは終了)。

—私が遠藤さんのことを知るきっかけになったのは、実はOTOTAKEプロジェクトでした。この取り組みはどのようにして始まったのでしょうか?

最初のインスピレーションは、2011年だったと思いますが、プロ野球の試合で乙武さんの始球式を見たときでした。マウンドのところで電動車いすから降りて、自分で移動する様子を見ていると、大腿部が半分くらい残っていて可動域もあったので、義足をつければ歩けるのではないかと思いました。

—以前から注目されていたのですね。

そこから少し時間は経ってしまうのですが、2017年に乙武さんとお会いするチャンスがありまして。そこで構想をお話ししたところ「おもしろい!」とおっしゃっていただき、プロジェクトがスタートしました。

—プロジェクトとしてはどのような未来を描いていたのでしょうか?

乙武さんをご存知の方だとイメージしづらいかもしれませんが、四肢欠損の方は寝たきりで動くことができない方が多いです。しかし、乙武さんがロボット義足を使って歩いている姿を目にすれば、「私も歩ける」というマインドチェンジが起こせるかもしれないと考えました。

—たしかに、乙武さんが義足をつけて歩いている姿は印象に残っています。ロボット義足が世の中に広く認知されたのではないでしょうか。

そうですね、多くの人の記憶に残ることは社会的なムーブメントを起こすうえでも重要です。ただ、今回のプロジェクトを通じて得られた最も大きな成果は、「三方良し」のデザインだと思っています。義足研究を行う研究者は、これまでもたくさんのデータを取って論文を出しています。ただ実際に障がいを持った方が歩けるようになるためには、理学療法士や義肢装具士といったプロフェッショナルが活躍しているわけで。今回のプロジェクトでは、こうした現場で活躍する方々についても紹介できたことが、特に価値があった部分だと感じています。

◆実際に使う人がいる場だからこそ、ものづくりがおもしろい。

—遠藤さんは過去のインタビューでも、ご自身のことを「研究者」ではなく「エンジニア」だとおっしゃっています。このあたりにも「現場へのこだわり」が表れているのでしょうか?

そうですね。私の研究対象は、障がい者の方の「できないこと」をテクノロジーで解決することですが、そのためにはまず使ってもらうことが大前提です。研究活動から新しいことを発見したり生み出したりするだけでなく、自ら生み出したものが実際に使われることを重視するという点から、「エンジニア」と名乗っています。

—そのように考えるようになったきっかけはあるのでしょうか?

まず義足について研究することになったのは、高校の先輩が骨肉腫を発症したことがきっかけでした。当時はロボットについて研究していましたが、自分にも何かできることがないかと考えました。そして、「ロボット×義足」というテーマで研究者を探して海外の大学に留学しましたが、そこでの経験が大きかったです。これまで自分が携わってきたロボットであれば人がいなくても動きますから、研究室の中だけでも完結するわけです。ところが、義足の研究は違います。実際に対象となる方に研究室に来てもらい、その場で使ってもらうのです。研究室で作ってみて良さそうであっても実際に使ってみるとうまくいかないケースも多々あり、自分の研究対象は「人間」と共にあるということをあらためて感じさせられました。

なるほど。そういった経験から「実際に使ってもらうこと」へのこだわりが生まれ、「エンジニア」というスタンスが確立されたのですね。

もちろんアカデミックは必要であると考えていますが、世の中に広まり、使われるということはまた別の話です。そういう意味では、インドで義足づくりを行なった経験からも学ぶものが大きかったと感じます。義足を必要とする方々の経済レベルは必ずしも高くはないことや、彼らの生活環境や文化を理解することも必要でした。義足が必要とされる背景や、使用されるシーンをできるだけ理解してものづくりをしないと意味がないということに、あらためて気付かされました。

◆好奇心の対象は、「逆張り」。

—義足の研究というのは、思っていた以上に奥が深いのですね。こうした研究対象の広さが、義足研究における難しさなのでしょうか?

それもありますが、この分野に取り組む研究者が少なかったり、なかなかイノベーションが起きづらかったりするのは、結局お金が集まりづらいからだと思います。ビジネスとしてはどうしても、統計的にユーザーが多く集まるところにお金が投資されていきます。義足はそこから外れているのでイノベーションが生まれにくい。その条件下でどのように義足に注目してもらい、事業として成立させていくか。そこがこの分野で研究を続けるうえで難しいところであり、おもしろいところでもあります。

—そうした厳しさをときに楽しみながら挑戦を続けられる、遠藤さんの好奇心はどこから生まれているのでしょうか?

今まで想像できなかったことが具現化される。そういうときに人はビックリしますよね。それが自分としてはおもしろいです。日々のルーティンから離れているほど、みんなの常識や当たり前の「逆張り」であればあるほど関心が起きます。乙武さんが義足を使って歩いている姿は、やはりみんなビックリするし、かっこいいじゃないですか。

—「当たり前」や「普通」と言われる常識をひっくり返すことが、遠藤さんにとっての原動力というかモチベーションになっているのですね。

たぶん、飽きることが怖いんだと思います。つまらないと思った瞬間、毎日が退屈になると思うんです。そうならないように、自分が興味を持てることに取り組むようにしています。

◆障がい者スポーツの、競技人口を増やしたい。

—次に遠藤さんが仕掛けている、おもしろい取り組みはありますか?

100m走の世界記録は、9秒58です。この記録を義足ランナーに超えてもらいたいと思っています(※)。
(※)このインタビュー終了後、2022年6月24日に、義足ランナーのリチャード・ブラウン選手(遠藤さんが代表を務めるXiborg社の競技用義足を使用)が、米国パラリンピック陸上競技選手権大会において、100m走としては史上最速となる10秒53を記録したことが報じられました。

—壮大な「逆張り」。逆境への挑戦ですね。

競技人口を増やして世界で戦える選手を生み出すため、日本陸上競技連盟が行っているのは「普及・育成・強化」ですが、義足にはこれらが全てない状況です。普及・育成・強化、これをグローバルレベルでやっていかないと、義足で走ることが当たり前にはなっていかないでしょうね。

〈編集部が見つけた遠藤さんのPurpose〉
「障がい者」という言葉が持つイメージ、自分の中での定義が、パラリンピックなどの障がい者スポーツを見てから少しずつ変わってきている気がします。その感覚は、遠藤さんが手掛ける競技用義足やそれを使って走るアスリートの姿を見て、より大きくなりました。遠藤さんが描く未来は、少しずつ、確実に近づいている気がします。今回お話を伺って、どんな「逆張り」も楽しんで挑戦を続ける遠藤さんが、ゴールに向かってしなやかに疾走する義足アスリートの姿と重なりました。


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