理工系人材の減少は止められるか?中高生向けAI教育プログラムの舞台裏
近年、国内では理工系人材の獲得競争が加速しており、中高生や大学生の早期育成や学習環境整備が課題となっています。そこで、ソニーグループの人材採用を統括するソニーピープルソリューションズ株式会社の採用部は、中高生向けに将来の進路を考えるきっかけを提供するため、テクノロジーとビジネスを学ぶことができるワークショップを企画しました。
記事前半では、中高生向けに実施したワークショップの概要を紹介しています。後半は、このワークショップの企画・運営を担当した宮嵜さんと浅井さんに、企画の背景や実際にワークショップをやってみて感じたことなどについて話を伺いました。
- 浅井 智佳子
【イベント概要】「AIを活用できるようになろう!」中高生向けAI教育/体験ワークショップ
ソニーは、夏休み期間中である2022年8月2日と3日に、東京都調布市のドルトン東京学園 中等部・高等部で体験型ワークショップを開催。中学1年生から高校1年生まで計31名の同校生徒が参加しました。本企画では、チームビルディングの考え方と実践方法、AIの使い方を学びつつ、自ら提案するワークショップや、ソニーで働く先輩社員3名を囲んでの座談会などを実施しました。二日間にわたるイベントの概要をお伝えいたします。
▶Day1 マシュマロチャレンジ
1グループ3~4名ずつに分かれて、制限時間内に、乾麺パスタやテープ、マシュマロを組み合わせて自立可能なタワーを作る「マシュマロチャレンジ」を行い、最高記録は62.5cmでした。「強いチームとは?」という問いについて考え、意識しながら取り組むことで、メンバーの役割明確化や戦略の重要性など、さまざまな気づきが共有されました。
AIを活用したサービスを企画しよう
サービスを企画する前にまずは、エンジニアとしても経験豊富な採用部の宮嵜さんと共に、「AIとはなにか?」というテーマについて考えました。また、STEM*を学ぶことでできるようになることを、3C(Create:アイデアを実際に形にする、Connect:いろいろな分野と結びつきチャンスが広がる、Contribute:技術の発展や未来の社会に貢献できる)の観点から紹介しました。
その後は、AIを活用したサービス企画をグループごとで考え、スライドを使ってプレゼンテーションしてもらいました。最優秀賞には、「The Third Eye(白杖に360度カメラセンサーやGPSを取り付け、目の前の危険物だけでなく、居空間も含むより多くの情報をイヤーモニターと連動して伝えるサービス)」を提案したグループが選ばれました。
*STEMとは、S:Science T:Technology E:Engineering M:Mathematics それぞれの頭文字を取った言葉で、科学・技術・工学・数学の教育分野を総称した言葉
▶Day2 AIデータを実際に分析してみよう
2日目は浅井さんによる「予測分析とはなにか?」というレクチャーからスタート。個人ワークでは、専門知識がなくても数クリックで高度な予測分析を自動的に実行できるソニーのソフトウェア「Prediction One」を使って分析を行い、「予測できることでどのような喜びが生じるか?」といった観点で考察を深め、アイデア発表の準備を進めました。最優秀賞に輝いたのは、「機器大丈夫?故障の危険性確認アプリ」を提案した生徒でした。
ソニーで働く社員と話してみよう
2日目の終わりにはソニー社員3名(宮嵜さん・浅井さん・採用部のShawn Barretさん)が登壇し、「私とソニーとAI」と題して、学生時代に学んでいたことや夢中になっていたこと、ソニーでの仕事内容などについて話しました。その後、3名の社員を囲んで行われた座談会では、「中高生のとき、将来のイメージはできていましたか」「AIをつくる仕事につくなら、どんな勉強をしたらいいですか」など、さまざまな質問が寄せられ、大いに盛り上がりました。
【インタビュー】 キャリアコンサルタントとして、人と向き合う中で感じた問題意識。
—今回の取り組みは宮嵜さんが企画したとのことですが、どのような思いが出発点になっていたのでしょうか。
宮嵜:私は以前からキャリアコンサルタントとして定期的に社員とキャリア面談を行ってきたのですが、ベテラン社員に比べて若手社員に対するキャリアのサポートがやや少ないように感じていました。私に二人の子どもがいることもあり、次の世代を担う若者に自然と目が向いていたのかもしれません。そうした漠然とした思いから、部長との面談時に「若い世代を支援したい」という話をしたところ、「やりましょう!」と言ってもらえたことが出発点ですね。その後、偶然参加したキャリアイベントで知り合った方を通じてドルトン東京学園をご紹介いただき、今回の企画が実現しました。
—共にワークショップを運営していた浅井さんは、どのような経緯でこの企画に関わることになったのでしょうか?
浅井:上司である高松さんから声を掛けてもらってこの話を知りました。実は、私の上司が宮嵜さんの後輩だったのです。これまでこうしたイベントに参加したことも企画したこともありませんでしたが、おもしろそうだと思ったのですぐに「やります!」とお返事しました。
宮嵜:中高生に何か伝えるなら、ソニーの技術をぜひ体験してほしいと思ったのです。高松さんがつくっていた「Prediction One」というツールがぴったりだと思い、この企画への協力を打診しました。
興味を持ってもらうための第一歩は、「分かりやすさ」から。
—そこから企画を進めるにあたって、理工系人材不足に対する問題意識を宮嵜さんから浅井さんへ共有されたのでしょうか?
宮嵜:そういった話はまったくしていないですね。浅井さんには「エバンジェリスト」になってほしかったのです。子どもたちがAIに興味を持ってくれるようにこだわったのは「分かりやすさ」です。近年、技術はどんどん進化していて、誰でも触れられるようになってきていますが、ハードルが高いと感じてしまう一般の方もいらっしゃるかと思います。そういったところから「AI=怖い」といった印象を持ってしまうのだと思うので、まずは「分かりやすさ」を大切にしようと考えました。
—「分かりやすさ」にこだわった企画のポイントや、苦労された点などについても教えてください。
浅井:まず、苦労というよりも気づきが多かったのは、まさに「分かりやすさ」の部分ですね。私が作成したワークショップ用の資料を採用部にも見ていただいたのですが、「こんなにかみ砕かないと分かってもらえないんだ!」という発見と驚きがありました。普段は、基本的な知識が共有されている人とばかり話していたことに、改めて気づいた瞬間でした。
宮嵜:今回のイベントでメインターゲットにしたのは、「プログラミングが大好きでAIにも興味がある」方々ではなく、「技術にはなんとなく興味はある」といった関心度合いの子どもたちです。このような生徒たちが少しでもAIに興味を持って、将来の進路を決めるきっかけになればうれしいと考え、企画を進めていきました。
浅井:私が企画した予測分析のワークでは、お弁当屋さんの事業を題材に「予測分析ができると何がうれしいのか」ということを考えてもらいました。お弁当屋さんを取り上げたのは、AI技術を身近に感じてもらいたいという思いや、「分かりやすさ」の観点からです。また私は、普段の仕事でも技術を出発点に考えるのではなく、「解決したい問題があったときに技術で何ができるか」と考えるのが好きなので、そういった技術への向き合い方や私なりの思いを「予測分析ができると何がうれしいのか」といった部分にも込めました。
—実際にワークショップを実施された感想、また気づきなどもあれば教えてください。
浅井:生徒さんたちからは幅広いアイデアが数多く出てきて、発想力の柔軟さに感心しました。またAIの分野では「どうしてこういった予測が出たのか」という納得性のある説明ができるかどうかがテーマになっていますが、まさに今回のワークショップでも「説明が足りない」といったフィードバックを受けるシーンもあり、改めて学びになりました。
宮嵜:生徒さんが優秀だったこともありますが、AIを使った企画は大いに盛り上がりましたし、「私たちの企画の方向性は間違っていなかった」と自信を持つことができました。「起業したい!」「留学したい!」といった意見ももらい、AIをはじめとした技術についても興味を持っていただけたのではと思っています。
「理工系もできる人材」が、世の中をハッピーにする。
—今回のワークショップを経験されたお二人が考える、理想の理工系人材教育について教えてください
浅井:私は、自分の専門である理系科目以外は勉強してこなかったのですが、かなり後悔しています。仕事ではAI技術に関わっていますが、「AI×○○」といったようなテーマについて考えるときには引き出しは多い方が良いので、一つの分野に留まらない幅広い「知」が必要なのだと思います。
宮嵜:浅井さんのお話はまさにそのとおりで、理工系人材が少ない理由は、学問を「理系」「文系」というように二分してしまうからだと思います。私がやりたいのは、「理工系人材の育成」ではなく「理工系もできる人材の育成」。少しAIが分かる、プログラミングができる、といった強みや感覚を持って文系学問も学べばよいのです。その方が人材流動性も高まり、結果的に「理工系もできる人材」が増えていくと思います。そして、ソニーにはさまざまな事業があって可能性はいくらでもあります。そうした人材が増えれば、ソニーも、社会全体もハッピーになるのではないでしょうか。
—最後に、今後の活動についても教えてください。
宮嵜:今回のワークショップについてはまた別の学校でも実施に向けた話が進んでいますし、東京大学と連携して、現役大学生が母校(高校)で体験型ワークショップを実施するという企画を進めています。
それから実は、ドルトン東京学園で実施したワークショップには後日談があります。ワークショップを終えて1週間ほど後に学校を訪問した際に、参加してくれた生徒の一人が声を掛けてくれたのです。話を聞いてみると、あの後「Prediction One」を自分で買って、データ分析のコンペティションに参加したそうです。どのようなアイドルであれば活躍できるのか?というテーマについて、自前のデータを作って予測、分析した結果、8、9名のグループで2ヶ国語以上話せるメンバーであれば人気が出る確率が高いとのことでした。私は本当にうれしくて、感動しました。これからも子どもたちのきっかけをつくるこうした活動を続けていきたいと思います。
〈編集部が見つけた宮嵜さん・浅井さんのPurpose〉
お二人が仰っていた「理工系もできる人材」という表現がとても印象に残りました。理系
か文系かを分けて、切り離してしまうのではなく、どっちも行き来できる方が世界は広が
りますし、学びも豊かになるはずです。実際、今回お二人が企画されたワークショップに
は理系・文系どちらの知も生かされています。そしてそこから生まれる学び本来のおもし
ろさと可能性をお二人が信じているからこそ、子どもたちの心を動かすことができたのだ
と思います。