ソニーに在籍しながら大学院に入学!? 休職して博士課程に通ったことで見えた、自分らしいキャリアの歩み方
「リカレント教育」「リスキリング」など、社会人の学び直しが近年話題になっています。大学院に通う社会人も多く、私が所属する大学院の研究科でも、企業に籍を置いたまま通っている学生が半数を占めます。社会人学生と学生生活を送っていると、働き始めて数年経った後、もう一度大学に通うことも魅力的だなと感じます。そこで、ソニーでも同じことが可能なのか調べたところ、自身の興味に基づいた就学のために休職できる「フレキシブルキャリア休職制度」がありました。その制度を利用して大学院に行った方は、なぜ社会人になってから大学院に行ったのでしょうか。大学院で何を得たのでしょうか。このような疑問を持ち、フレキシブリキャリア休職制度を利用して博士課程に進学し、VRやテレプレゼンスを研究した経験を持つ、泉原さんにお話を伺いました。
※フレキシブルキャリア休職制度
ライフスタイルに応じた柔軟な働き方を提供するために、2015年に導入されました。配偶者の海外赴任や留学に際してもソニーでのキャリア継続を可能とし、知見や語学・コミュニケーション能力の向上により、復帰後のキャリア展開を豊かにすることを目的とした休職(最長5年)、専門性を深化・拡大させる私費就学のための休職(最長2年)が可能です。
- 久藤 颯人
腰を据えてじっくりと、自由に研究に取り組む
──まずお伺いしたいのですが、これまでどのような仕事をされていたのですか?
入社してまず、AR(拡張現実)に携わりました。いまでこそスマートフォンも当たり前になったと思いますが、私が入社した頃はまだ、情報の見せ方や操作方法などARのノウハウが確立していませんでした。そのためユーザーにヒアリングして、ユーザーへの情報の見せ方をデザインしたり、技術の特性や面白みを生かすアプリを開発したり、エンジニアでもありデザイナーでもあるような仕事をしていました。
その後、「テレプレゼンス」と呼ばれる遠隔コミュニケーションに関する仕事をしていました。オンライン会議などでも音声と映像でやり取りをしますが、他の人とつながっているという感覚も想起することができないかと考え、同じように興味を持った先輩や同僚と研究を始めました。
──そこからなぜ大学院に進学したのですか?
3つの要因がちょうど重なりました。まず前提として、以前から大学院の博士課程に行きたいとは思っていました。博士号を取得した先輩や同僚を見ていると、技術に造詣が深いのはもちろん、それを社会に実装する上での学術的な思考力や研究能力が優れていると感じ、憧れを持っていました。
ちょうどそのとき、テレプレゼンスの研究が一段落して、立ち上げたサービスが軌道に乗りました。そのため、VRに関して他に面白いことがないかと探していました。
最後に最も大きな要因として、尊敬している教授が新しい研究室を作ったのです。VRの領域で有名な先生で、その先生がゼロから立ち上げる研究室はどのようなものになるのかと、好奇心を刺激されました。
──なぜフレキシブルキャリア制度を利用したのですか?
ソニーには公募留学制度もあるのですが、ソニーの将来に貢献する留学テーマを期待されます。私は腰を据えてじっくりと、広い領域を探索して、自分で自由に研究テーマを決めたかったので、フレキシブルキャリア制度を選択しました。
技術だけでなく、精神的な学びもたくさんあった
──新設された研究室とのことなので、少人数でしたか?
先生が3人、私のように企業に所属して博士課程に来ている人が2人、修士の学生が4人、学部生が2名という小規模な体制でした。本当にゼロからの立ち上げだったので、棚を組み立てたり、予算を獲得したり、ルール作りをしたり。朝から晩まで研究に没頭することに加えて、貴重な体験もできました。仲もすごく良かったです。
──私自身、社会人学生が大半を占める研究科に所属しているのですが、学部時代は接することの少なかった年上の方々と毎日過ごしていて、日々刺激を受けています。
基本的には社会人学生はよりメリットが大きいと思いますよ。年齢を重ねるほど若い人の考えを学べるチャンスは減っていくものですが、10歳ほど離れている方々と共に研究に打ち込めて、今でも連絡を取り合える深いつながりを築けたことは良かったです。
──教授とも近い関係性でしたか?
そうですね。毎日のように教授と対話して、最先端の理論や技術を数多く学びました。それ以外でも、一緒に食事をしている時に研究者としての思考法や人生の楽しみ方を議論するなど、たくさんの学びがありました。
──教授からの学びの内容を具体的に教えてください。
まず、自分の必殺技を磨くという話はよくされました。研究をするというのは、自分しか知らない新しい領域を創り出すことです。そこで大事になってくるのが「巨人の肩に乗る」ということ。新しい領域を広げることだけに意識が向くと、魅力的な研究は生まれません。先人が創った成果、人間の創造性によって生まれた産物が数多くあるので、それらを意識しながら新しい領域を広げようとすることで、初めて魅力的な研究成果が生まれます。
また、遊び心や好奇心に基づいた探求も大事です。私自身、VRやロボットの研究をしていたのですが、研究室にこもっていると意外と時流に置いていかれます。研究室以外の機会にもしっかりと触れて、いかにそこから深掘りできるかは大事だと考えています。
このような姿勢も、自由に研究に打ち込めたからこそ、学べたものであると思っています。
大学院で学んだことを、ビジネスに取り入れる
──そのような考えが、今現在の仕事につながっているのですか?
今、大学院で学んだ考え方とビジネスの考え方を両立しようとしています。私はVRやロボットなどの技術を世の中に生かすことを追求していきたいので、大学院で学んだ「新しいものを確立する」や「遊び心」に加えて、ソニーらしさも組み合わせ、みんなが過程も楽しめるプロジェクトとして形にしようとしています。
その上で、大学院で学んだことを共有しながら、盛り上げ役のような役割ができたらいいですね。
──大学院に行くことは有意義だとは思うのですが、一旦会社から離れてしまいますよね。私だったら、大学院から戻って社内に居場所がなくなる不安も少し感じます。ご自身のキャリアに響くことはありませんでしたか?
大学院に行ったことによるデメリットは感じませんでした。幸い会社に戻ってきたらロボット系の新しいプロジェクトが始まっていました。私は大学院でVR技術を用いて建設機械を自在に操作することを目指した研究をやっていたのですが、その研究がそのまま生きるプロジェクトでした。
フレキシブルキャリア休職制度での大学院進学は、自分でテーマを決められるのが良い点ですが、ソニーは多様な事業を行っていますし、最先端の技術を取り入れた新しい取り組みを行っているので、絶対どこかに自分のテーマがはまると思います。また、新しいことをやっていこうという人が重宝されると感じています。そのため、大学院での研究も全力で取り組めば、会社に戻ってもさまざまな形でまた活躍できると思いますね。
幅が広がるからこそ、軸が見えてくる
──社会人学生を経験したことで、キャリア観に変化はありました?
もっと複線的なキャリアがあっても良いと思いました。例えばマネジメントになると、その後ずっとマネジメントの人も多い。するとどうしても、現場で手を動かす時よりは最新技術やプロセスに疎くなってしまう。そうではなく、マネジメントをやる時期があったとしても、現場や大学に戻って最新技術を自分の手で動かして、その後またマネジメントに戻るようなキャリアがあっても良いと思います。
また、10年に1回は別の専門領域に取り組むことも良いかもしれません。10年経つとある程度専門性が身に付きます。30年働くと考えると、少なくとも3つの専門性を身に付けられるはずです。
複線的なキャリアがより一般的になれば、さらに魅力的な社会とワクワクする人生が実現すると思っています。
──最後に伺いたいのですが、新しい学びを続けることの一番のメリットはどこにあると思いますか?
新しい物事に取り組むときに、自然と軸足が見えるようになる点です。いろいろなことに挑戦した結果、自分の特技が分かったり、逆に周りに助けを求めた方が良い点が見えてくる。
また、偶然の発見に立ち会える機会も増えると思います。新たな発見や発想は、これまでの知識や経験が掛け合わされた時、ある意味偶発的に生まれるものです。多様な経験を積むことで、自分の中に発見や発想の種が蓄積され、それらがいつか芽吹くんだと思います。
<編集部のDiscover>
「人生100年時代」と言われ、会社に任せるだけではなく、自分でキャリアを形成することが求められる時代になりました。ソニーでは創業以来「自分のキャリアは自分で築く」という考え方が根付いているそうです。泉原さんのお話を伺い、これから社会人になる私たちだからこそ、本当に自分の可能性が広がる選択をしようと感じました。