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譲渡制限付株式ユニット(RSU)導入の舞台裏 グローバル企業における人事制度設計のおもしろさとは!?

Business
陰山 雄平
工藤 真伊
髙橋 佳大
安藤 東
巽 隆博
中野 剛
山本 篤
本田 すみれ

譲渡制限付株式ユニット(以下、RSU ※Restricted Stock Unitの略称)とは、株式報酬制度の1つであり、社員に対して「ユニット」と呼ばれる疑似株式を付与し、一定の勤務期間を経た後、付与されたユニット数に応じて会社が社員に株式を交付する制度です。日本ではまだあまり浸透していませんが、欧米ではメジャーな株式報酬制度です。
株式報酬制度は、付与する対象者の報酬とソニーグループの業績を連動させることにより、会社の企業価値向上に対する役員・社員の貢献意欲を高め、より業績を向上させることが目的です。ソニーグループは、2021年4月から新たなグループ経営機構に移行しましたが、さらなる成長に向けて、2022年6月に新たな株式報酬制度としてRSUを導入しました。ソニーでは、2002年から既にストックオプション(※)の付与を始めていますが、「株式の時価が全て報酬となる」という報酬としての魅力や、「機動的な付与が可能である」という点で、人材獲得やリテンション(人材定着)競争において必要であると判断し、RSUの導入を決定しました。

※ストックオプション
会社が社員に対して、自社の株をあらかじめ定められた価格(権利行使価格)で取得できる権利を付与し、権利行使価格とその時点の株価の差額が報酬となります。インセンティブが株価上昇分のみに限定されるため、報酬としての魅力が限定的で、総会決議や発行までの手続きが煩雑なため、機動的な付与が困難という課題があります。

私たちは本当に「事業の進化をリードし、支えること」ができているのか。

──RSU導入に関する議論はいつ頃から始まったものだったのでしょうか?

陰山:導入のきっかけをさかのぼると、かれこれ5年程前の話になります。米国に本社がある事業会社を中心に、特にベイエリアでテック系人材の争奪戦が加熱しており、グローバルテック企業が採用競合になりつつありましたが、そこで課題として話題に上がっていたのがRSUの存在でした。「競合企業にはRSUがあるがソニーにはない。これでは採用で勝てない」ということを海外に拠点を置く事業会社からはたびたび言われていました。当時はまだ日本国内にRSU導入事例がほとんどなく、法律的にも会計的にも導入が難しいと判断し、断念してきました。

──日本の法律や会計ルールが制度導入の壁となっていたわけですね。ちなみに、採用競争力を高めるための施策として、RSU以外の選択肢はなかったのでしょうか?

陰山:採用時ボーナスの支給やストックオプションの付与も検討しましたが、どうしてもRSUを導入している採用競合と比較すると見劣りする部分が大きいと感じていました。また、人材争奪戦の激しいベイエリアにおける課題は採用だけでなく、リテンションにもありました。採用時に魅力を感じられて、さらに働き続けることでメリットを感じられるという意味でも、やはりRSU導入が最適でした。

──なるほど。では、RSU導入に向けて実際に動き出したきっかけは何だったのでしょうか?

陰山:その後も、事業会社からRSU導入を求められながらもお断りする…というやりとりを数年間続けていたのですが、あるとき、人事担当者から「私たちはベイエリアの中で人材獲得競争を繰り広げているのに、日本のルールを理由に制度導入できないというのは言い訳だ!」と言われました。印象的でしたし、一つのターニングポイントであったと思います。

──たしかに、なかなか厳しいコメントですね…。

陰山:強烈なビンタを食らったような感覚でした。「ソニーは、日本に本社があるので仕方ない」と反論もしました。ただ冷静に考えると、事業をより強くするために人材を採用しているのに、日本のルールを理由に私たちがサポートをしない、というのは事業会社の人事担当者も納得できないだろうとも感じました。また、ソニーグループは「人と技術を通じて事業の進化をリードし、支える」をミッションに掲げていますが、そのミッションを踏まえても、これは私たちがやるべきと思い至りました。グループ全体として企業価値を高め、その果実(成果)を社員にも収穫してもらうという特徴を持ったこの制度は、人材の採用や定着のためのインセンティブとしてだけではなく、事業間連携を通じた価値創造に目を向けてもらうきっかけになるのではないかとも考えました。
こうした考えをまとめ、吉田さん、十時さん、安部さんへ説明し、理解と賛同を得てプロジェクトとして動き出すことになりました。

「Transparentになろう」を合言葉に。

──プロジェクトとしては、どのようなことから取り組まれたのでしょうか?

陰山:まず、どうすれば事業側が求めていることを実現できるのかを、日本の法律に照らしながら徹底的に議論しました。ここは丁寧にやっていこうと決めて。特に要求があった事業会社とは、週1回のミーティングを約半年間、現地(米国)にもプロジェクトメンバーが出向き、対面でのワークショップを3日間行いました。

──言語の壁だけでなく、議論の前提となる法律やビジネスに対する考え方の違いなどもあり、難しいコミュニケーションだったのではないかと想像します。

陰山:事業側は「(米国のルールでは)こういうことができるはずだ」「なぜできないのか」と疑問をたくさんぶつけてくるのですが、それに対して私たちもできないことは「できない」と言い、わからないことは「わからないから調べる」と言う。お互いに言いたいことは我慢せずに率直にコミュニケーションしようという意味を込めて、「Transparent(=隠し事をせず腹を割って話す)になろう」を、議論する際の約束事として掲げました。

工藤:米国の担当者とは、普段の業務でそれほど密に関わりを持っていたわけではなかったのですが、約束事を決めて率直かつ冷静に議論することができたため、徐々に関係性が深まっていったように思います。

高橋:「言語の壁」という話も出ましたが、まさにその通りでした。我々も英語がそこまで堪能ではなく、さらに今回は法律・会計など専門的な内容・用語もあるため、果たして正確に説明できるのか…という不安もありました。そこで、ルールやプロセスを可能な限り図示して、共通のイメージを持ってコミュニケーションできるように心掛けていました。それがスムーズに議論を進めるためのポイントだったと思います。

──半年間にわたって議論を重ねる中で、何か印象に残っている出来事はありますか?

陰山:些細な話ではあるのですが…私たちは、株式報酬は100株単位でしか渡せないと思っていました。既に導入しているストックオプションを100株単位で渡しているという背景もあったからです。事業会社側としては付与する株数をもう少し細かく調整したいという要望があったのですが、「ストックオプション同様、それはできない」と説明していました。しかし、よく考えると、日本にもミニ株・単元未満株の売買をサポートする仕組みが証券会社によってはあるので、できないこともないのではないかと思い始めました。そこで法務部門や外部弁護士にも相談し、証券会社にも確認し、結局「できる」ということがわかりました。それを伝えたときに、我々への信頼度が1ランク上がった気がしました。「ルール上できないかもしれない要望に対しても応えようとしてくれている」「私たちの想いをきちんと汲み取ってくれている」と感じてもらい、よりよい関係性を構築できた一つのエピソードとして印象に残っています。

事業を前に進めるためのチャレンジこそ、コーポレート部門の使命。

──事業側の要望を、日本の法律や会計ルールの中でどう実現していくか…というところで、他部門との協働もあったかと思います。まずは法務部門との連携について教えてください。

巽:RSU導入については数年前から話題に上がって検討したことはあったものの、正式にプロジェクトとして導入に向けた検討を進めていったのは今回が初めてでした。人事の皆さんから最初にお話をいただいたときに、もちろんチャレンジしないといけないことはたくさんありますし、想定外の課題は出てきそうとは思いましたが、過去の検討の経緯も踏まえると、できないことはないのではないかなと思いました。

──実際に進めていく中で、どのような課題が見えてきたのでしょうか?

巽:まずソニーの場合、日本と米国の両方の株式市場で上場していますので、関係当局への届出書類も両国で必要になります。また、実際に付与することになる対象者は世界中のさまざまな国や地域にいますので、各国の法制度もきちんと見ていかなければならないことが導入に向けた課題になるだろうと感じました。

中野:ここ最近は、日本国内でもRSUを導入する企業は少しずつ出てきてはいましたが、ソニーの場合は米国でも届出が必要になるため、他社事例をそのまま当てはめることができませんでした。また、日本と米国への届出に伴い、レビューしなければならない書類が膨大にあるため、スケジュール通りに進められるのかも懸念事項の一つでした。

──必要な手続きや書類作成業務は膨大にありそうですが、参考事例がないという課題を、一体どのようにクリアしていったのですか?

巽:過去事例がないということは、ストックオプションや譲渡制限付株式のように定められた書類を提出すれば足りるものでは必ずしもなく、既存の法律や枠組みに収まらないケースも出てくる恐れがあります。他社の事例の中で少しでも参考になりそうなものがないかを外部弁護士とともに調べ、ソニーの場合に当てはめてプロセスを作っていきました。少しでもわからないことや懸念があれば、そのままにせず、弁護士に質問したり、場合によっては関東財務局(財務省の地方支分部局。金融商品取引法上の届出関連業務も行う)に照会したりして一つ一つ解決し、手探りで進めていったことがポイントだと思います。

──誰も正解がわからない中手探りで進んでいく、かなり泥臭く手間のかかる仕事であったと思いますが、皆さんを突き動かしたものは何だったのでしょうか?

巽:一言でまとめると、人事の皆さんの熱意でしょうか。
実際にプロジェクトを主導していたのは人事の皆さんで、私たちは外部弁護士とも密にコミュニケーションを取りながら、サポートしていました。「事業を成長させるためにチャレンジしよう」という姿勢は、私たち法務を含むコーポレート部門全体に共通しているものだと信じています。今回は特に、グループ全体に関係する重要なプロジェクトですし、私たちも人事の皆さんとともにチャレンジしていく覚悟をしていました。

──続いて、経理部門との連携についても教えてください。お二人はどのようにプロジェクトに関わったのでしょうか?

山本:まず私はそもそもRSUというものを知らなかったので、今回のプロジェクトでお声掛けいただいて初めて知りました。そこから日本の会計基準、国際会計基準(IFRS)、各国の税制等を調べてみたのですが、ピンポイントでRSUについて規定しているルールがほとんどありませんでした。おそらくストックオプションや譲渡制限付株式の処理と近いだろうとは思いつつも、直接参考になるものがないことが、最初に感じた大きなハードルでした。

──こちらの課題も非常に複雑そうですが…具体的には、何からどのように手をつけていかれたのですか?

山本:RSUが付与される国が多岐にわたっていたのですが、税制の調査は付与されるユニットの規模感を考慮して、主要国に絞って進めました。具体的には、税理士法人と連絡を取り、制度の範囲に入っている税制を洗い出してもらいました。税制そのものは各国異なっていたのですが、税務上費用にする額やタイミングについてはいくつかパターン化できそうな部分が見えてきました。
会計上も、RSUという制度が新しいため、連結会計で採用しているIFRSと各国における会計基準とで解釈に迷う部分もあり、監査法人や各国の経理担当者と確認していきました。
その上で、主要国税制や会計基準の共通項を踏まえた上での落とし所を定めていきました。

──最も苦労されたのはどの点でしょうか?

山本:やはりその落とし所を見つける、というところですね。全員にとってのベストがあれば良いのですが、国ごとに会計基準や税制が異なるためどうしてもそうはいきません。そのため、世界中の関係各所とコミュニケーションを取りながら、社員一人ひとりにとっての課税負担が少なく、また会社としても会計処理、税務申告にかかるオペレーション上の手間がかからないやり方を模索していきました。この点は私たちだけではなく、人事の皆さんとも協働しました。

髙橋:皆さんの専門性のおかげで進めることができたのですが、私たちもご協力いただくにあたって「丸投げ」では良くないと考え、法務の皆さんとお話しするときも、経理の皆さんとお話しするときも、素人なりに最低限は勉強してたたき台は持っていこうというスタンスで臨んでいました。また、事業会社の人事と会話するときと同様に、同じ認識を持って話を進められるよう可視化することは心掛けていました。

本田:可視化された形でたたき台を示していただいたことで、議論が非常にスムーズに進んだと感じます。毎回要点をまとめていただいていたので、「この場合は税務上どうなりますか?」「経理としてはどういった会計処理になりますか?」などより具体的な話ができました。また、私の印象に残っているのが、費用負担に関する契約内容についてです。契約の中身が日本語でもかなり難解で、さらにそれを英語で説明しなければならず苦労していたのですが、人事の皆さんが内容をスライド一枚にまとめてくださったおかげで、なんとか議論を進められました。

山本:今回のプロジェクトでは、グローバル展開するグループ各社に関わるという、私たちにとっても非常にチャレンジングで過去に例のない取り組みでしたが、法務の巽さんがおっしゃったように「事業を成長させるためにチャレンジしよう」という姿勢は共通していたかと思います。

同じゴールに向かうことができたからこそ得られた、大きな達成感。

──制度導入を無事に終えて、運用を始め関係者からはどのような反応がありましたか?

陰山:ソニーで長く働いていますが、こんなに世界各国やあらゆる事業の方から「ありがとう」と言われたのは初めてでした。今回のプロジェクトで関わった世界中の方々から、自分たちの仕事に対して感謝の言葉をいただけたことが、素直に嬉しかったですね。

安藤:人事の仕事は「やって当たり前」ということが多いのではないかと個人的には思っています。今回、自分が携わったプロジェクトでまわりの方々が喜んでくれているのを目の当たりにし、そして感謝の言葉をいただけるということが、こんなに嬉しいことなのだと感じました。
また、「今まで採用できなかったような人材が採用できるようになった」という声をいただけたことは、個人として嬉しいだけでなく、1人の人事として事業に貢献できているという実感を持つことができました。

工藤:前例がない中でチャレンジしたという点で、お世話になった外部弁護士からは「RSU導入における日本企業の規範として一つの型をつくることができた」といった言葉をいただきました。そういう意味では、社員や組織を超えて、社会的にも意味のあるプロジェクトに携わることができたという喜びもあります。

──あらためて、今回のプロジェクトからどのようなことを学び、得たのでしょうか?

安藤:一つは、前例がないことにチャレンジすることこそがソニーが培ってきたスピリットであり、私たちがやるべきことなのだということの気づきです。自分自身が、こうしたソニーらしいチャレンジングなプロジェクトに関わることができたことを嬉しく思います。
もう一つは、ソニーには本当に専門性の高い方々が各部門にたくさんいるということを、あらためて認識したことです。これまでは人事という部署の中だけで完結してしまう仕事も多く、関わりが多くはなかったのですが、今回は法務や経理、財務などさまざまな分野の方々と協働することができました。その中で、皆さんの専門性の高さとプロフェッショナル意識の高さに日々圧倒されながらも、一緒にプロジェクトを進める中でたくさんの刺激をいただきました。

工藤:ソニーグループの経営の方向性は「人に近づく」ですが、今回私たちも、RSUを導入するということを通して「人に近づく」ことができたのではないかと考えています。法務や経理など同じコーポレート部門の方々ともそうですし、世界各国の事業会社の担当者とも、今回のプロジェクトがあったからこそ、これだけ密にコミュニケーションを取ることができました。

──プロジェクトを成功に導いた要因は何でしょうか?

陰山:プロジェクトとしては道半ばではありますが、ここまで進められたのは、全員が同じゴールを目指していたからだと考えています。人材の獲得やリテンションを通して会社を良くしたい、事業を成長させたいという想いは共通していたので。意見の対立やさまざまな困難を乗り越えてここまでやってこられたのは、「そもそも何のためにやっているのか」というところに立ち返ることができたからだと思います。

<編集部のDiscover>
RSU導入のための取り組みについて話を伺い、前例のないことにも臆せず取り組むソニー社員が持つチャレンジングな姿勢を、あらためて感じることができました。また、事業内容もカルチャーも異なる世界各国の事業会社と関わり、高い専門性を持ったさまざまなプロフェッショナルと協働して組織をつくっていくことができる、ソニーのコーポレート部門のダイナミズムを感じました。


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