個人に合った温度を「まとう」ことで、社会課題解決へ。「REON POCKET」開発者が語る理想の未来とは。
季節の移り変わりだけでなく、私たちは日々の場所の移動だけでもさまざまな温度変化を感じています。特に近年はその温度差が激しく、私たちは周囲の「空間」の温度を変えることで対応しています。しかし、体感温度は人それぞれ。この点に着目し、一人ひとりにあった温度で過ごすことを目的に作られたのが、首元に装着して接触部分を温めたり冷やしたりできるウェアラブルサーモデバイス「REON POCKET(レオンポケット)」です。開発者である伊藤健二さんに、「REON POCKET」に込めた思いや見据える将来像を伺いました。
- 鷲尾 美波
個人の好みと省エネを両立させる、というアイデア。
──「REON POCKET」を開発するに至った経緯を教えてください。
2017年の上海出張がきっかけでした。その年の上海はとても暑くて、気温38℃の猛暑を記録していました。アスファルトからの照り返しも相まって体感温度は40℃ほどだったと思います。一方で、仕事を済ませてホテルに帰ってきたら冷房が効いていてとても寒かったのです。20℃と40℃の環境を往復する生活を繰り返しており、体調を崩す懸念がありました。また、必要以上に冷房が効いている状況で、環境負荷も気になりました。この悪循環をテクノロジーで解決できないかと考えたことがきっかけです。
──そこから「REON POCKET」に行きついたのですね。
私は元々カメラに関わるエンジニアで、精度の高い映像機器を設計するにあたって大切な「熱」を制御する技術に、ある程度の知見がありました。それまで培ってきた熱設計の技術を活用し、暑さ対策に加えて日常的に都市圏で使っていただけるような個人向けのデバイスをつくれば、個人の「好み」と、空調負荷の削減に貢献する「省エネ」を両立する事業ができるのではないかと思いました。
社内外で築いたチームワークとソニーで培った知見を元に。
──「REON POCKET」を開発する上で苦労したポイントは何でしょうか。
今までソニーで積んできた経験や社内有識者の協力が得られたので、設計にとても苦労することはあまりありませんでした。むしろ、目の前の新しい挑戦を面白がっている自分がいました。一方で世の中にはまだ存在しない製品をつくるという観点で、どのように事業として落とし込み、世の中に訴求させていくかは悩みどころでしたね。この「REON POCKET」の事業は、ソフトウェア開発マネジャーの伊藤陽一と私の二人で始めましたが、後にプロジェクトメンバーに加わった、広告代理店で勤務している知人にも力を借りながら、最終的な構想を固めていきました。
──さまざまな方のサポートがあったのですね。
ソニーの製品として販売できるものをつくるためには、プロジェクトメンバーだけでなく、多くの方の協力が不可欠でした。SSAPのアクセラレーターをはじめ、品質部門や大学教授などの有識者まで、製品の品質を検証する上で多くのサポートをいただきました。
──開発過程で多くの関係者や有識者を巻き込んでいかれた伊藤さんですが、ご自身がチームを率いる上で大切にされていることは何でしょうか。
ユーザーに喜んでもらう、その延長線上で社会課題の解決にもつながるというゴールを関係者全員に意識してもらうことです。数人のチームで担当しているため、個人が各々やりたいことだけをやるとチームのベクトルがずれていってしまいます。だからこそ、短期的にユーザーを満足させるのではなく、個人の好みと省エネを両立させて地球温暖化の抑制にも貢献するという、中長期の共通ビジョンを持って事業を継続させていくことを常に念頭に置きながら、日々皆で邁進しています。
働く一人ひとりが自分の「温度」を決められる時代に。
──取材時点で第4世代まで進化を続けている「REON POCKET」。ユーザーの声を受けて既に多くの変化を遂げていますが、逆に本製品をつくる上で変わっていない信念はありますか。
まさに先ほどお話しした地球温暖化の抑制に貢献したいという点と関連しますが、第1世代のときから「環境負荷の削減に貢献しつつ目立たないデバイス」というコンセプトは変わっていないです。屋外で作業される方をターゲット層にしたほうがいいのではとご意見をいただくことがありますが、私たちは当初から変わらず、都市圏で働くビジネスパーソンをターゲットに商品開発を続けています。人数的にも多い層なので、通勤や仕事中に活用していただき、空調の温度を上げることができれば、環境負荷削減につながることが期待できると考えています。そのため、ビジネスパーソンが働く上で気にならないように、目立ちにくい大きさに留めています。
──確かに本当に小型のデバイスですよね。今日伊藤さんがREON POCKETをつけていることも、教えていただくまで私は気がつきませんでした。
私自身暑がりなので、毎日のように首元に装着しています。基本的には熱源を直接冷やすことがもっとも最適に放熱できる方法ですし、一人ひとり体感温度が異なるので、それぞれにあった温度を身にまとうことができれば、屋内空調の温度も上げられるのではないかと考えます。冷房は設定温度を1℃上げると消費電力を約10%下げられる※と言われているので、結構大きな変化だと思いませんか。
※出典:環境省 温室効果ガス排出抑制等指針
──その通りですね。「REON POCKET」を通じて伊藤さんが目指すのはどのような未来でしょうか。
現状「REON POCEKT」は、通勤や散歩など主に屋外で使われていますが、テレワークやオフィスなど屋内での利用も増えてきました。空調がある屋内でも活用が広がれば、ユーザーの皆さんがそのときの自分が好きな温度で一日過ごすことができますし、各場所で空調への負担を減らすことにもつながります。空間全体の温度調整には空調、自分にあった温度にカスタマイズするときは「REON POCKET」を使うという形で、空調機器と「REON POCKET」が、互いの役割を補完しつつ共存する関係になると良いと思います。
世界中に「REON POCKET」を。
──伊藤さんのキャリアについて、今後の展望などありますか。
実は自分のキャリアについて具体的なプランはありません。今私たちにできたのは、社会課題の解決に貢献するという大きな目標の階段のほんの一段目を上れた段階に過ぎないと思っているからです。環境課題は世界共通のものなので、今後もユーザー目線に立って「REON POCKET」をさらに進化させ続け、そして世界中に展開できるようなビジネスモデルを構築し、キャリアはその延長でついてくればよいと思っています。
──最後に、新規事業立ち上げに興味がある皆さんにメッセージをお願いします。
ソニーには、さまざまな才能や思いを持った素敵な社員がたくさんいます。多様な視点や経験を生かすことで、課題解決の過程においても深みのある解決策が出せると個人的には思います。私自身いくつかの部署を経験していますが、その経験や、前に所属していた部署の皆さんを含む多くの応援やサポートをいただいて今があります。ぜひ素敵な仲間に出会ってさまざまな「異見」を吸収する中で、自分を見つけてほしいです。皆さんのご活躍をお祈りしています。
<編集部のDiscover>
多くの人の協力なしにこの製品を生むことはできなかった。伊藤さんが取材中強調されていたことです。手のひらに収まるほどの小さなデバイスに、たくさんの関係者の知見と不断の努力の成果が凝縮されている。そう思うと熱い感情がこみ上げてきました。
「REON POCKET」のさらなる飛躍を楽しみにしています。伊藤さん、お話ありがとうございました。